プロローグ
ここは何処だろう……
目を覚ますと赤い天蓋のついたベッドに横たわっていた。
チュンチュンと鳥のなく声が白いレースが揺れる窓から聞こえる。
東京にこんなに穏やかな場所があったんだろうか……
ベッドから降り、部屋を眺めると見たこともないような豪華な家具や紫色の花が咲いている鉢植えが沢山ある。
窓から外を見ると馬鹿みたいに大きな庭園、その奥はひたすら森。
森の中をよく見ると鹿や熊がいる。
東京どころの話ではない、ここは日本なんだろうか?
夢を見ているのか、多分ゲームのやり過ぎだ。
私は再びベッドに戻り、寝ようとしてみるも目が冴えていて眠れそうもない。
そうだ! スマートフォンは!?
私は今日の15時から推しキャラのイベントが始まることを思い出し、携帯を探そうとしたが携帯以前にカバンもない。
推しキャラの水着が…
そう心の中で泣いていたら誰かが部屋に入ってきた。
「お嬢様、おはようございます」
燕尾服を着た、髪を後ろで小さく結んでいる男だ。
ふむ、なかなかに美形だな……と眺めていると燕尾服の男は容赦なく私の横たわっていたベッドの毛布を剥いだ。
「ちょっと、何するのよ!」
確かに私はゲーム・アイドルのイケメンに目がない女子っぽくない女子だけど、部屋に入ってくるなり毛布を奪うなんてあんまりよ!
「起きていらっしゃるなら早く部屋から出てきて頂かないと私達が困ります」
燕尾服の男は私がまだベッドの中にいるのに無言で掃除機をかけ始めた。
何なんだこの男は、良いのは顔だけか!
きっと見た目にステータスを振り分けすぎたんだろう、可哀想な男だ。
「ほら、早く着替えなさって下さい」
男は私の着ていたパジャマ(?)に掃除機を当て、吸い取ろうとしてきた。
性格が悪いのに加え変態だと!? この男終わってるな!
「やめてよ変態!」
私は掃除機に吸われかけている服を引っ張り、服が全て吸い込まれるのを防いだ。
しかし男は眉間にシワを寄せ私を睨んでいた。
「チッ、やめて欲しいのでしたら早く着替えてダイニングへ向かって下さいませ」
今この男、人の服を吸おうとした挙句舌打ちした…?
現実の男は本当に意味が分からない…
「ねぇ」
癪に障るけれど私は男に声をかけた。いや、かけなければまた服を吸われるからだ。
しかし男は聞こえていないフリをしているようだ、本当に腹が立つなこの男…!
「ダイニングってどこですか?」
そう聞くと男は急に掃除機を落とした。
おお、イケメンだと阿呆ズラも絵になるな…
「お嬢様、記憶喪失でございますか!?」
記憶喪失と言うより、多分転生したんだよなぁ…
私のこの部屋にいる前の記憶はトラックに跳ねられた所で無くなっている。
だから死んで今に至る…のかなぁ?
「私の責任です… 昨日あんな事をしなければ!」
いやいや、自らお嬢様って呼んでる人に何したんだよこの人。 普通に気になるんだけど。
「ご自分のお名前は覚えていらっしゃいますか!?」
えーっと、転生前の[大橋 奏]かな?それとも転生した私の名前かな?
「カナデ…?」
とりあえず自分の名前を言ってみた。頼む、当たってて下さい!
当たってないとこの人に殺されちゃうかもしれない!
「良かった、お名前は覚えているようですね」
当たってたーっ! 良かった、とりあえず一命は取り留めた!
「では、ここがどこかは覚えていらっしゃいますか?」
oh… 全然分からないし、かする気もしませんよ。
とりあえず絶対に東京でも日本でも無いのは確かだ、自然豊かで森が広がっている国は…
「フィ、フィンランド…?」
よく分からないけどフィンランドしか出てこなかった…!
終わった、身ぐるみ剥がされて殺される…!
「惜しいですお嬢様!」
えっ、じゃあグリーンランドだった?
…フィンランドとグリーンランドってどこら辺だ?
「正解はエーテルランドでございます」
うん、全然違うな! ランドしか当たってないじゃん!
それに男は何故か拍手している…
「とりあえず無事のようですねお嬢様」
いやいやいや、お前が大丈夫じゃないでしょ!
フィンランドとエーテルランドが惜しいって、絶対お前の脳内に異常がある!
「では私と共にダイニングに向かいましょう」
男はベッドの横に来てしゃがみ、私に右手を差し出した。 恋愛ゲームみたいだ…
私は男の手を取り立ち上がった。
「参りましょうお嬢様、今日はお姫様抱っこがよろしいでしょうか?」
何言ってるんだこの男、今の発言は正直引いた。
ゲームだとキュンてするけど、やっぱりあれは2次元だから許されるのか…
「歩いて行く」
私がそう言うと男は部屋のドアを開け、廊下に出たので私も後に続く。
部屋も凄かったが部屋の外も凄かった。天井にはシャンデリアが掛かっていて、床はレッドカーペットが敷かれている。
正直こんな家はテレビでも見たことがない。
「さぁ、着きましたよお嬢様。 私は部屋に戻りお掃除の続きをして参ります」
男は来た道を結んだ後ろ髪を揺らしながら爽やかに戻って行った。
イケメンは道を歩くだけでも絵になるなぁ…
「お嬢様、お食事の準備が出来ましたよ」
ダイニングから茶色いくせっ毛の、130cmくらいの男の子が出てきた。
ほほう。ショタ系の男の子か、嫌いじゃない…
「お嬢様?」
男の子が何の反応も示さない私を不審に思ったのか首を横に傾けてそう尋ねてきた。
「ご、ごめんなさい。 寝ぼけていたわ…」
可愛い…と思っていたなんて正直に言ったら気持ち悪いとか言われそうだったので誤魔化した。
「今日の朝食はエッグベネディクトでございます。 よいしょっと」
身長が足りなくて男の子は背伸びをして食事をテーブルに置いた。 しかも「よいしょ」付きで。
可愛すぎませんかこの子!
「美味しそう……! 頂きます」
私がフォークとナイフを手にした瞬間、問題が発生した……
エッグベネディクトってどうやって食べるんですか……!? _
というより何これ、卵と何で出来てるの?
「お嬢様、どこか具合が悪いですか? いつもならおかわりまでして頂けるのに…」
転生前の私も色々と凄い人だったんだな……
それよりベネディクトって何語だよ、聞いた事無いよ
まぁ、食べてみるか……
「美味しい……!」
何だこれは、凄く美味しい。 これはおかわりする気持ちも分かる!
ベネディクトを疑っていた数秒までの私を殴りたい!
「喜んでいただけて良かったです!」
男の子が満面の笑みを浮かべている。 ここは天国だろうか……
可愛いショタに美味しい食事、まさに理想郷!
「失礼します。お嬢様、ご質問がございます」
食事を続けていたら黒髪のメイドさん(?)がダイニングに入ってきた
「こちらは何でございましょうか」
……! え、なっ…… 何それ……
メイドさんが出してきた物、それは… …
「し、子孫繁栄し過ぎないようにする為の……物……」
メイドが冷たい目で私を見る。 いや、ぶっちゃけ本物初めて見たんですけど!
その前にこのショタの子の前でそんなの見せて良いんですか!?
「そう言う事を聞いたのではありません」
メイドが私の前に彼女が持って来たブツをテーブルの上に置いた
そこはやめて、隣にベネディクトが……!
「誰と、こちらをご使用になられたのです?」
聞くところそこかよ! 何で持ってるのか聞いてるのかと思ったわ!
いや、そっちを聞かれても両方知らないよ!
「えっと…… た、確か……」
まずい、燕尾服男に殺されると思ったけど今度はメイドに殺されそうだ……!
たっ、助けて燕尾服……!
「カ、カノン!」
燕尾服男が息を切らしながらダイニングへ入ってきた。 え、嘘だろお前、まさか……!
「それを使用したのは、私です……」
お前かよ! えっ待って、転生前の私凄いな!?
こんなイケメンと…… マジかよ!
「全く、これで何回目ですか?」
しかも1回目じゃ無いのかよ…!
「申し上げにくいのですが、それが原因でお嬢様が記憶喪失になられまして……」
え? 待て待て、私は別に転生してきたからこの場所を全く知らないだけであって記憶喪失になった訳じゃ……
「何ですって!? おのれ、この殺し屋が!」
燕尾服男って殺し屋だったの!? 待って、色々と頭が追いつかないんですけど…!
とりあえずショタ君逃げて! 今すぐ逃げて!
「待てカノン、これには事情があるんだ!」
何だよ事情って…… あるとしても転生だよ!
「お嬢様が昨夜気絶なされたんだ、だから恐らくその時に……」
燕尾服男怖過ぎない!? もうコイツに近寄りたくないんだけど!
と言うより気絶した人放っておくなよ!
「そうですか、ですが気絶させたのは貴方の責任ですよね?」
ごもっともだ…… どう聞いたって悪いのは気絶させた人のせいだろ。
「失礼しましたお嬢様、ごゆっくり朝食をお取りくださいませ」
あのメイド…… お腹空いてるけどさすがにこんな空気でベネディクト食べられないんですけど。
しかも置きっぱなしだし……
「お嬢様、昨夜の事の記憶は……」
ああっ! お前もやめろよその話! 朝だから!
そもそも朝食中にそんな話しないでってば!
「無い、それに食欲無くなったからおかわりいらない。 あと2度寝するから部屋入らないで、おやすみ」
私は部屋に戻ろうとして燕尾服男を残してダイニングを後にした。
全く、とんでもない所に転生してしまった……
部屋に戻ったら帰り方調べよう……
「ああっ! 携帯もWiFiも無いんじゃん!」
衝撃の事実に気づいてしまった、これじゃどうやっても帰り方なんで分からない。 つまり私の推しキャラの水着も…
「お嬢ちゃん!わいふぁい……って何だい?」
後ろに振り向くと短い金髪の野暮ったい格好の男の人が脚立を持って立っていた。
見た目で判断するにアニキ系……
「ゆ、夢で出てきたの! WiFiっていうアイテムが!」
夢で見たって言っちゃえば詳しいことは分からないって言えば何とかなるでしょ!
「ほーん、変な夢見たんだな。お兄さんも見たかったなぁ……」
間違いない、この人は兄属性の人だ!
「じゃあなお嬢ちゃん、俺はいつもみたいに庭いじってくるからなー」
庭をいじるということは今の人は庭師だろうか。
自分の部屋から庭を見たけれど、確かに綺麗に手入れされていた気はする……
後で行ってみよう。
家に帰ろうにも方法は分からないし、調べることも出来ない。
とりあえず無事に帰るために。
変態イケメン燕尾服
料理長(?)の背の低めのショタ君
デリカシーの無いカノンと呼ばれていたメイド
金髪アニキの庭師
この4人と仲良く暮らさなくちゃいけない…
そう考えていたらいつの間にか眠ってしまったらしい。