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 鬱蒼と生い茂った夜の森。聞こえるのは、木々の擦れる音と、何処からか聞こえる、フクロウの鳴き声だけ。

 青年はそんな静かな森の中を、音もなく彷徨(さまよ)っていた。そこらに生える雑草を踏みつけているのに、音がしない。不思議な青年……。


 やがて、ピタリ、と青年は立ち止まった。視線の先には、小さな──四、五歳ばかりの、幼女。幼女は不安そうに、キョロキョロと辺りを見回していた。たぶん、迷子。

 青年は、そっとため息をついた。無用な殺生は、嫌いなんだけど……。


 一歩、足を踏み出した。カサリ……。草の踏みつけられた音は、闇に溶けて、……消えた。

 幼女がはっとしたように、青年を見た。まるで、不思議なものを見るような目で……。


「……あなたは、だあれ?」


 青年はくつり、と笑った。


「魔法使いだよ、小さなお嬢さん」


 青年が──魔法使いがそう言うと、幼女は首を傾げた。何故、彼がそう言ったのか、分かっていないよう。


「魔法使い様は、魔法使いっていう名前じゃないでしょう? ねぇ、あなたの名前は?」


 その言葉に、魔法使いは虚をつかれたようだった。ぱちくり、と目を瞬かせ、訝しげに幼女を見つめる。


「……何で、そんなことを聞くのかな?」


「だって、名前で呼ぶのが普通じゃない」


 幼女も不思議そうに、魔法使いを見つめていた。

 しばらく見つめ合って、……魔法使いは笑った。


「あははは!」


 笑い声が、木々の隙間を縫って、辺りに広がっていく。小さく、木霊が聞こえたような気もした。

 魔法使いは目尻からこぼれ落ちた涙を、白い指で拭う。久しぶりに、笑った。そもそも、人とまともに会話するのも久しぶりだけれど……。

 幼女は首を傾げて、魔法使いを見ていた。何も分かっていない様子。それが、魔法使いは気に入った。


 魔法使いは地面にしゃがみ、幼女と目線を合わせる。そして、とても嬉しそうに、楽しそうに、問いかけた。


「君の名前は?」


「リィ、よ。リィ。ねぇ、あなたの名前は?」


 リィは笑顔を浮かべながら、そう答えた。期待のこもった眼差しで、魔法使いを見つめる。

 魔法使いは人差し指を唇に当て、考え込む。……そして、困ったように笑った。


「残念ながら、もう忘れてしまってね……」


 リィは一瞬きょとん、として、……破顔した。


「なら、私がつけてあげる。そうね……じゃあ、ウィスはどう?」


 リィはそう言って、魔法使いの瞳を真摯に見つめた。深い青の瞳……。まるで、夜空の色だわ。

 魔法使いは「ウィス、ウィス……」と、飴玉を転がすように呟いて、にっこりと笑った。


「うん、気に入った。ありがとう、小さなお嬢さん」


 そう言うと、リィはむっとした顔を浮かべた。


「リィよ」


「ああ、うん、そうだったね、リィ」


 ウィスがそう言うと、リィは満足したよう。ふふ、と笑って、ウィスに抱きついた。


「ウィス、ウィス」


「なに、リィ?」


 ぎゅっと、ウィスも抱き締め返す。久方ぶりの、人の温もり。それはとても暖かくて、まるで凍っていた心を溶かしていくよう……。

 永遠のようにも思える時間、二人はそうしていた。やがて、リィがぽつり、と漏らした。


「私、そろそろ帰らなきゃ……」


 すっ、とウィスの心が凍りつく。


「……ねぇ、リィ、一緒に行こう? リィとなら、何処にでも行ける。リィも、僕と一緒なら、……何でも願い、叶えてあげるよ?」


 その言葉は、本当は言いたくなかったけれど、……リィの為なら、幾らでも言えた。ウィスは更にきつく、リィを抱き締める。

 一方のリィは、目をぱちくりさせて、……寂しげに笑った。


「ウィスは魔法使い様、……でしょう? ダメよ。そう言われてるもの」


「嫌だ」


 魔法使いは、孤高でなければならない。分かってる。だけど、離れたくない、一緒にいたい。例え、それで……。


「ウィス……」


 リィの悲しげな声に、ふと、ある思いが湧き上がった。消してしまえばいい。そう、消してしまえば、彼女はきっと、一緒に……。


「……リィ、ごめん」


 そう言って、ウィスは杖を取り出した。魔法使いの必需品。小さく呪文を唱えて、リィに魔法をかける。

 すぅ、とリィの意識が遠のく。ああ、何で……。リィは必死に、呂律の回らない口を、動かした。


「ウィス……」


 ──ごめんなさい。


 その言葉は、音になる前に、……闇に溶けた。






「ねぇ、リィ、一緒に行こう?」


 ウィスが笑顔でそう言った。何だか、違和感……。だけど、その申し出が嬉しくて、リィは満面の笑みで頷いた。


「うん、行こう、ウィス」


 リィがそう言うと、ウィスはとても嬉しげに、だけど、どこか寂しげに笑った。

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