弱虫勇者と錆びた剣
風が髪の毛を揺らし頬をくすぐる感覚に目を開いてみると、目の前にはどこまでも続く草原が広がっていました。
周りには高くそびえ立つ壁や様々なモンスター、そしてそのモンスターと戦う人達。突然目の前に広がった光景に驚いた少年は、どうすればいいのか分からず戸惑い立ち尽くしてしまいました。
ふと横を見ると、怖そうなモンスターが少年に向かって走ってくるではありませんか。それでも小さな手の中にあるたった1つの武器は錆び付いた短剣だけ。
初めて目にするモンスターに足も震えて逃げ出すことも出来ません。少年は泣きながらその場にへたりこんでしまいました。
すぐ側まで迫ってきたモンスターに食べられてしまう。そう思って目を閉じた少年は、モンスターの悲鳴が聞こえて顔を上げました。
モンスターがいた場所には大きな男の人が立ち、光を放つ大きな剣を振りかざしてモンスターを倒していました。
放たれた眩い光が、少年の涙で濡れた大きな瞳を宝石のように輝かせます。男の人はモンスターを倒し終えるとしゃがんで少年の顔をのぞき込み、ニコリと微笑みました。
少年はその太陽のように温かい笑顔を見て漠然と「この男の人のようになりたい」と思い、勇気を出して言いました。
「あなたの行く所へ…、僕も…僕も一緒に連れて行ってください。」
少年の言葉を聞いた男の人は、困ったように笑いながら首を振りました。
「連れて行ってあげたいけれど、今の君では無理なんだ。強くなって俺の所までおいで。ずっと待っているから。」
そう言うと男の人は少年の小さな手を短剣ごと握りしめると、そのまま立ち去ってしまいました。
その後ろ姿は少年の心にヒーローの姿としてしっかりと焼き付けられました。
少年は涙をぬぐって立ち上がると短剣をしっかりと握り大地を踏みしめ遠くを見据えます。その顔は決意に満ち、瞳は希望に溢れていました。それからの日々、少年は戦い続けました。
新しい武器が欲しくてもお金を持っていない少年は、錆びた短剣を向かってくるモンスターに一生懸命に振り回しました。強い鎧も盾もない。自分の身を守る道具を持っていない少年は、小さなモンスター相手でも沢山傷つきました。
傷付いて倒れる度に、もう諦めてしまいたいという思いが顔を覗かせます。しかし男の人に言われた言葉と彼の姿を思い出して、何度も何度も立ち上がり、前へ前へと進み続けました。
周りでも自分と同じように戦っている人がいましたが、彼らがその手に持っているキラキラと光る強そうな武器をとても上手に使いこなしどんどんと自分の道を進んでいく姿に羨み憧れ、何故自分は錆びついた短剣しか持っていなかったのかと悩むことも度々ありました。
それでも少年は前を向いて戦い続けました。その後ろ姿にはもう、モンスターに震え戸惑っていた面影はどこにもありませんでした。
どこまでも続く草原の一画に、二人の兄妹が寄り添って震えていました。二人の周囲には取り囲む多くのモンスター。怯えながらも妹を小さな体の背に庇ってモンスターを睨みつける兄。
キバを剥き出しにして迫り来るモンスターに対抗する術もなく、小さな兄は悔しさに唇を噛み締めました。その時、二人の前に大きな影が現れ、あっという間に恐ろしいモンスター達をやっつけてしまいました。
小さな兄妹に向かって爽やかな笑顔を見せた青年は、錆びた短剣を一生懸命に振り回していたあの日の少年でした。
大きくなり強くなった少年でしたが、あの時助けてくれた男の人に会うことは未だに出来ていませんでした。これから先もあの男の人に会うことは出来ないかもしれません。しかし彼はもっと強くなった姿を見てもらおうと、戦いながらこれからも男の人を探し続けます。
青年が兄妹に背を向けて歩きだそうとした時、小さな兄が青年の背中に声をかけました。兄の言葉を聞いて困ったように笑った青年は、口を開いて言いました。
「強くなって、俺の所までおいで。」
ー ある日の風が吹き抜ける草原の一画に、一人の少年が妹に見守られながら剣の練習をする姿がありました。 ー
〈完〉
自分よりも優れた才能や能力を持つ人と自分を比べてしまって、羨ましくなったり、落ち込んでしまうことってありますよね。
今回はそんな「能力や才能」を、彼らの世界で言う「武器」に例えて書いてみたお話です。主人公の少年は目覚めた時から使い物にならない様な「錆びた短剣」しか持っていません。
おまけに弱虫な少年は、周りの人が持つ強そうな武器に憧れ自分の非力さを嘆きます。
しかしそんな少年ですが、心に焼き付いたヒーローの姿を追い求め、自分もそうなりたいと願い、非力な臆病者なりにそびえ立つ高い壁やモンスター(試練や困難)に立ち向かいます。
皆さんも自分のヒーローに憧れてガムシャラに頑張った時ってありませんでしたか? 例え優れた才能や能力が無かったとしても、頑張り続ければ強くなれるはずという願いをこめて少年を強く成長させました。
そして時は経ち、いつかは誰かのヒーローになる日も来るかもしれません。幼い兄妹を助けた少年(青年)のように。
私事ですが、私もいつかそのような人間になれるように日々精進していきたいと思います。
今回はあえて登場人物に名前を付けずに「少年」や「兄」、「男の人」という表現を使って話を書きましたが、混同せずにきちんと登場人物の区別がつけられていると嬉しいです。
ヒーローは生まれつき優れた人間だけとは限らないと私は思います。
最後まで読んで下さり、ありがとうございました!