真実を求めて
滅茶苦茶遅れて申し訳ないです。
しばらく、投稿ペースが乱れます。
恐怖というものは人を支配する力があるもので、同時に思考を鈍らせる。
私は、そのことを強く知った。
何を思ったのか、ログザムくんはキャルンさんだけでなく同行者の私でさえを畏怖の対象と捉えていた。私としては、対等の立場で彼と交渉したかったのだけれども、お願いされてしまったので、つい「あ、はい。お願いします」と答えてしまった。
まるで脅迫したようで寝覚めが悪い。
慌てて、別に怒ってないし、お願いするのはこちらの方だと主張するけど、ログザムくんは「手伝わせてください!」の一点張りだった。なんというか……恐怖って怖い。これで本当に良いのかな? と、私はキャルンさんを見る。
キャルンさんはあれ以降は不可侵を決め込んだようで、何も言わずソファに寝転んでいた。私としては、キャルンさんからも何かしらのアクションが欲しかったのだけれども、発端は私の問題発言だったために強くは言えない。それ以前に、私が彼女にお願いすることも……怖くてできないのだけど。
心苦しい限りだけど、私はログザムくんに工房を借りるだけでなく、魔術薬の製造を手伝ってもらうことにした。というより、そうしないと事が進まないと思った。びくびくした様子で私たちが抱えている事情を聞くログザムくんを見ていると、本当に申し訳ない気持ちになって来る。
「というわけで……私がつくりたいのは変身薬なんだ」
「な、なるほど……。わかりました、シャリー様」
「…………」
突っ込む……べきなのかなあ。
もう言いたくないけど、面倒くさいよ。
私が放っておけば、誰も傷つかない優しい世界なんだから、放っておいてもいいよね? うん、ちょっとこそばゆい気持ちになるけど、それくらいは我慢しよう。
ログザムくんの案内により、私は彼の工房へと足を踏み入れる。
簡単に言えば、工房というのは魔術師にとっての知識の結晶みたいなもので、そう簡単に他人を、そして同業者を入れないものだ。それだけでも無茶なお願いをしているなあ……と思うけど、そして脅すような真似をして申し訳ない。何か……別の形でログザムくんには恩返しをするべきかもしれないね。
工房の机の上には、所狭しと実験器具が並べられ、床には本が積み上げられている。
棚には赤い液体が入った試験官が何本も並んでおり、全体の薄暗さから不気味さを醸し出していた。加えて、多くの薬品が混じっているかためか、鼻をつく刺激臭と甘い匂いが混ざり合ったような匂いが部屋に充満していた。
うん……なんだろ。
お母さんを思い出すなあ。
「シャ、シャリー様?」
「ああ、ごめんごめん。それじゃあ、始めようか」
ちょっと呆けていた私は気を取り直して、ログザムくんを助手にして変身薬をつくり始めた。
変身薬はそこまで難しい魔術薬というわけではない。この夜街であるならば、必要な素材も購入することは容易だし、ちょっと高値ではあるけど変身薬自体が取引されていることもあるかもしれない。まあ、つまりはそこそこに魔術薬に精通している人ならばつくれるってことだね。
「えっと……キノムラ草に……ジェリムの実。それと……ログザムくん、ヂュリブロムの体液ってある?」
「そ、そ、そこの、棚です」
ログザムくんが指さした棚を見れば、確かにそこにヂュリブロムの体液があった。ああ、この独特の粘り気といい、見た目が蜂蜜のようといい……加えて甘い香りもするから、昔はこれが美味しそうに見えたっけ。まあ、ヂュリブロムを見たときからそんな想いは消えたけど。キモイんだよね、ヂュリブロム。
運の良いことに、必要な素材はすべてログザムくんの工房にそろっていた。わざわざ買い出しに行く必要もなく、私たちは作業に没頭した。といっても、ログザムくんもかなりの腕前のようで、互いに余裕を持って製作に打ち込めた。だから……かな。ちょっとした雑談を間に挟みつつ、私たちは手を動かしていた。
「ログザムくんは、いつからこの街に?」
「え、あ、の、そ、れは……三年、前くらい?」
「じゃあ、私よりも古株なんだ。それにしても、すごい手際いいね」
「………シャ、シャリー様よりは、ぜ、全然!」
「そんなことないよ。私も少しは自信あったけど、ログザムくんの作業見ててびっくりしちゃった。なるほど、そういう方法もあるんだなあって……勉強になるよー」
「ど、どどど、どうも……」
……キャルンさんは、ログザムくんのことを極度の人見知りって言ってたけど……先ほどの恐怖体験が相まって、全然彼と距離を詰めれた気がしないなあ……。私が薬品を取りに無意識に彼の方に近づこうとすると、「ひいっ!」って驚いて飛び上がるんだもん。それに驚いて私も「きゃひんっ!」って変な声出しちゃったよ。
それにしても……ログザムくんって何者なんだろう?
ラーヴァン……しかも夜街にいる時点で、それなりに訳アリってことは察せる。だからこそ、彼に「一体、どこでその技術を学んだの?」と容易に訊くことができない。でも……お母さんから学んだ私だからわかるけど、これは独学で学べる領域を超えている。きっと誰かから魔術薬について教えてもらったんだろう。私が偉そうに言えることじゃないんだけど、これくらいの技術があるならば、魔術師ギルドで正式な許可証をもらって店を構えても不思議じゃないんだよね……。
なんで、こんなところに?
そう口に出せば、もしかしたら答えは返ってくるかもしれないけど、そう簡単に訊けることじゃない。少なくとも……不用意に人の過去に、心に踏み入れるのは駄目だ。それは……私が嫌だから、できない。自分が嫌なことは他人にもしちゃいけない……っていうのは、普通のことだよね?
ついついネガティブな方向に思考がいってしまう。
調子に乗りやすい私であるけど、落ち込むときはとことん落ち込むのだ。
あっはっはっは。めんどくさい女ですみません。
とにかく、そんな自分じゃ駄目だと頭を横に振り、思考を別のことに切り替える。というよりは、変身薬の精製に集中したって言った方がいいかもしれない。逃げた、とも言うけど。
「……あっ、そ、それは、ちが」
「え? あ、これ違うね……」
ログザムくんからの指摘を受けて自分の手に持った薬草を見れば、たしかにそれは私が欲しかったものじゃなかった。ぼうっとしていたつもりはないけど、間違ってしまった。集中したと言って即座にこれだから、恥ずかしい。そ、それにしても……あっぶな。
「し、仕方ない、です。アチェルトの花とマシェルトの花は、よく似てます、し」
「へえ……これが、マシェルトの花なんだ……」
私は手に持った白い花を見て、言う。
図鑑で見たことはあったけど、実物を見るのは初めてだ。えっと……たしか、効能はなんだっけ? 麻酔とかだったかな? まあ、私が必要なのはアチェルトの花だから、これは今は必要ないね。
「ありがとう、ログザムくん。間違えるところだったよ」
「い、いええ、いえいえいえ! 滅相もございません!」
君の中で私は一体どういう存在なの?
とまあ、そういったやり取りもありつつ、変身薬の精製は無事に終わった。私もログザムくんも納得できる一品だ。まあ、時間と材料の問題でひとつしか用意できなかったというのもあるけど、よーするにこれで成功すれば問題はない。
「それじゃあ、ありがとうございました。ログザムくん」
「……ど、ども」
「じゃな。ログザム」
完璧に寝入ってたキャルンさんを起こし、私と彼女はログザムくんの家を後にした。
夜街の道中もとくに問題はなく、またキャルンさんが何度か人蹴りしたくらいで、こちらに実害はない。まあ、人に話しかけられるたびに、懐に持った変身薬が盗られないかひやひやしたけどね。
昼街へと続く階段を上った先も、空は黒に染まっていた。
違うのは星空が広がっているという点だけ。
慣れているとはいえ、やはり夜街から出た後は開放感がある。加えて、ずっと作業に没頭していたこともあって、私の身体は休息を欲していた。具体的には今すぐにでもベッドに流れ込んで、寝たい。
「んじゃ、帰るか」
「そうですね。それじゃあ、また明日」
キャルンさんの言葉に応えて、私は自宅の方へと足先を向ける。そして一歩踏み出そうとしたときに「こら」と首根を後ろから掴まれた。その動きに、力の込め具合にまったく躊躇はなくて、私は「げふっ」となんとまあ女の子らしからぬ声を挙げてしまう。そんな私の様子に興味はないのか、キャルンさんは何事もなかったかのように言う。
「危ねえから一人で帰るんじゃねえっての。お前も今日はウチに泊まってけ」
「……ウチ?」
「ウチっていうか、店?」
店? ……あの、恋の迷宮に?
あそこで一晩過ごす?
女の子の敵である私が? 女の子がいっぱいいる場所で一晩を過ごす?
それは……避けたい!
「いやですね、やっぱり自分の部屋の方が休めると言いますか。そうそう! それに同居人がお腹を空かしてるかもしれません! ああ、帰らないと! 今すぐにでも帰ってあげないと、彼女が可哀想です」
「問答無用」
そのまま、私は引きずられました。
ずるずると踵を地面に擦りながら、「ああ、ミトリさんもこうしてたな」と思い至り、これは恋の迷宮ならではの勧誘術なのかな? と、星空を見つつ自嘲的に笑った私であった。
私は店の女の子たちが雑魚寝している中心で目を覚ました。
頭が痛い……無理矢理お酒を飲まされてしまって……その後の記憶が曖昧だったりする。馬鹿な発言をしていないことを祈りつつ、私は服を着直して階下へと向かった。ちなみに、着ている服は私と背格好が似ている例の女の子に借りたものだ。まあ……無理矢理はぎ取るという言葉がキャルンさんの中では「借りる」なのだから仕方がないよね。私は……悪くない。
あっ。そうそう、未成年の飲酒は駄目だからね。
シャリーさんとの約束だよ。
階下に降りて、お店の方に顔を出せば、そこにはミトリさんがひとりでカウンターに立っていた。昨日と同じエプロン姿で、目を閉じてコーヒーミルを回し、朝のコーヒーの準備をしている様子だった。そして、私の存在に気付いたのか、目を開けてにこりと笑いかけてくる。
「おはようございます。シャリーさん。どうやら昨日はお楽しみのようでしたね」
「……なんといいますか、その言い方は誤解を招くのでやめてください」
私はミトリさんに招かれるまま、カウンター席に座る。
自然な流れで「コーヒーは飲みますか?」と訊かれたので、考えることもせず条件反射で「ブラックでお願いします」と答える。ああ……ブラックは苦手なのに……今更変えてもらうことなどできず、私の朝の一杯は苦くて酸っぱい黒い液体となった。
うええ……やっぱり、好きになれないなあ。
ミルクでもいれちゃおうかな……。
と、そんなことは表情には出さないように気を付ける。
そして感づかれないように話題を変える。ミトリさんに気を遣わせるのはちょっと気まずい。
「昨日は言いそびれましたけど、無事に変身薬は完成しました。あとは、これでセノンを釣るだけです」
「ありがとうございます……。シャリーさんには危ない役を任せてしまい申し訳ないと思っております。本当であればキャルンあたりが適役なのでしょうが……あの子は、男の人を立てるということを嫌うので、残念ながらこういったときに役に立たないんです」
いえいえ。
私としてはキャルンさんにお世話になりっぱなしです。
もちろん、ミトリさんにも。
まだ頭痛がひどいけども、昼頃には治っていると思う。
それなら、ちょうどお昼時にまた中央広場に向かうことにしよう。そして……セノンに、私を選んでもらう。そう……もう一度、彼に私を見つけてもらおう。……って、何を思っているの、私は。ほんっとうに、馬鹿みたい……。
「ああ、そうそう。その件なんですけど」
「えっ!? 何が、それなんですか!?」
今、私口に出してた!? と慌てる。しかし、そんなことはなかったようで、ミトリさんが言った『その件』とは、私がセノンを釣るという発言に対してらしい。なんとまあ、ややこし話題の引っ張り方だ。まあ、早とちりした私が悪いんだけど。
そして、その件についてミトリさんは言う。
「先ほども言った通り、これは危ない役目です。なので、ボディーガードが必要なのではないでしょうか」
「それは……そうですけど。だとすれば、キャルンさんですか?」
「まあ、アレはアレでそういう荒事は得意ですが、女の子ということを忘れてはなりません。セノンという男の素性が明らかでない以上、キャルンでは安心できないでしょう」
だとすれば……私たちの事情を知りつつ、腕っぷしに自信がある人?
そんな人……いないことはないかな。
「ミトリさん、それについては私の知り合いを当たってみます」
「……よろしいんですか? 私が言い出したことではありますが、そちらに任せても」
「はい。大丈夫です。……それに、本人もきっと快く引き受けてくれます」
だって、あのときの表情。
何もできないのが悔しいって顔だったから。
だから、きっと力になってくれる。
そうと決まれば、ここでゆっくりしている暇はない。
私はコーヒーを飲み干し「ごちそうさまでした」と挨拶をして、椅子を降りる。そして店の出口まで歩けば、ミトリさんはわざわざカウンターから出て見送りに来てくれた。
「シャリーさん。何かありましたら、またここへ……」
「はい。今度はきっと良い報告をしに」
そう答えて、私は店を出た。
良い報告……か。
それは、きっと、みんなにとって良い報告……なんだろうな。
万人に対するハッピーエンド何て存在しなくて、私にとってのハッピーエンドがみんなにとってのハッピーエンドとは限らない。少なくとも、この事件の犯人にとっては、バッドエンドが待っていることだろう。
それでも、私は求める。
私自身が、納得できる『真実』を。
この事件の真相を。
そして……セノンの真意を。
だからこそ、私は再び探偵の仮面を被ろう。
さあて、助手くん。事件の犯人を捕まえに行こうじゃないか!