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黒魔術師は愛されたい  作者: 真空
黒魔術師は愛されたい
6/14

夜街


 魔術師といっても、人それぞれ専門性は異なる。

 まあ、普通の魔術師ならば精霊たちとの契約を基盤にした各属性の魔術……になると思う。なぜ憶測かと訊かれれば、私自身が普通の魔術師でないし、普通の魔術師に会ったこともないのでわからないというのが本音だ。


 ただ、魔術師の中には魔術ではなく、自分の知識や技術を専門としている人もいる。

 そういう人たちは魔術薬の製造に精通しており、彼らがつくった傷薬などは高値で取引されるほどだ。こちらに関しては……私のお母さんがそうだったから、よく覚えてる。そして……私はそのお母さんのお墨付きの魔術薬製造者というわけ。


「ただ……問題は無免許ってことですね」


 私が魔術薬をつくれるという話のオチはここになる。

 魔術薬をつくるためには、正式な免許が必要になる。免許なしに薬をつくって販売することは禁止されていて、バレたら即刻捕まえられる。まあ、それ以外にも問題はあって……魔術薬をつくるための設備や材料が今のところ手元にないってこと。


「無免許ってのは……ラーヴァンであれば別になんてことはないんです。たしかに、表通りなどの商店に薬を売るためには免許が必須ですけど、つくっても売らなきゃ問題はないんです。ただ、問題は……設備なんですよね」


 設備を誰かから借りる必要がある。

 今から自分でつくるのは、時間的にも資金的にも無茶だ。しかし、借りるためには事情を話さなくてはならなくて、そして私が無免許と知られたら渋られるに決まってる。そもそも、工房を貸してもらえる特異な人がいるのかも怪しいけど。


「でも、工房があれば変身薬がつくれる……そういうことですね?」


 ミトリさんは私の話をそう締めくくり、私は頷いて答える。

 実のところ……材料についても少々問題があるんだけど、それはまあ、何とかなると思ってる。とくに、ラーヴァンなら……きっと、大丈夫。


「赤髪ちゃんって……頭良かったんだ」


 私の話を聞いていたキャルンさんが、少々ショックを受けたような顔をしている。というより、なんか青ざめているに近い。見れば、寝ぐせで人前に出れないくらいに乱れた頭を抱えて、大きくため息を吐いていた。


「なんか、ショック……。赤髪ちゃんは、あたしよりも頭空っぽで生きてると思ったのに」

「えぇ……」


 すごいことでショック受けてるよ、この人。反応に困る。

 私がどうしようかとオロオロしていると、ミトリさんが手をポンとついた。何か閃いた様子で、人差し指を立てつつ言う。


「そうです。私の知り合いに、魔術薬をつくってる人がいました。その人に頼りましょう。やや気難しい人ではありますが、事情を説明すればきっと協力してくれるはずです」


 すごいや、ミトリさん。

 この人、私よりも幼く見えるけど、全然社交的だしすっごい頼りになる。私がこうしてミトリさんに出会えたことは、人生の転機のようにも思える。……まあ、私とミトリさんを引き寄せてくれたのは、セノンなんだけどね。


「というわけで、キャルン。シャリーさんをログザムさんのところまで案内してあげて下さい」

「えっ」

「はあっ!?」


 思わず動揺して「えっ」なんて言ってしまったのは、てっきりミトリさんが案内してくれるかと思ってたからだ。それが、まさか……キャルンさんだなんて……この人と二人っきりは怖すぎる。お、お願いですから……ミトリさんも。

 そんな私の願望を代弁してくれたわけではないけども、どうやらキャルンさんも自分が案内することは不服らしく、ミトリさんに抗議していた。


「なんで、あたしが行かなきゃなんえねえんだよ! しかも、ログザムのところに!? はっ!! ごめんだね! ママが行けばいいじゃん。店は私に任せてよ」

「それが任せられないから、あなたにお願いしてるんです。それに、あなたがいなくなってもお店自体は普通に回りますからね」


 たしかに……キャルンさんのような気性の荒い人が接待とかできるとは思えないよね。それ以前に、男嫌いな感じのことを言っていたし……。そう考えると、よくミトリさんはキャルンさんを雇っているなあと思う。

 キャルンさんは痛いところを突かれたのか、私とミトリさんの顔を交互に見て、最後には肩を落として頷いた。どうやら、反論材料がもう無かったらしい。


「わかったよ。わかったわかった。行ってくりゃいいんだろ? じゃあ、ちょっくら準備してくる。ここで待ってろ、赤髪ちゃん」


 そう言って、キャルンさんは立ち上がって店の奥へと消えて行った。準備というのは、多分髪の毛とか服装とか……まあ、女の子に必要なお洒落だろう。明らかにオフの姿だったけど、オンになるとどこまで変わるのか凄い興味がある。


「シャリーさん」


 店の奥の方へとチラチラ視線を送っていた私に、ミトリさんが声を掛ける。あ、やっぱり、失礼だったかな? と思ってちょっと緊張しながら「はい」とその声に応えた。


「キャルンはやや取っつきにくいところがありますけど、根はいい子ですから。とくに女の子に対しては。誤解しないであげてください」

「あ、いえ……」


 どうやら、私がキャルンさんを苦手にしていることはすでに見抜かれてしまっていたらしい。ああ……何というか、恥ずかしい。自分の浅ましさを見せつけられた気分だ。

 ミトリさんには、一生勝てるようなヴィジョンが浮かばない。……だって、あの姿を見ても、私が魔術薬をつくれることを言っても、何も追求してこないのだから。器の大きさ? みたいなものが、多分全然違うのだろうと思う。


「……ありがとうございます」


 色々考えて、思って、何を言えばいいかわからなくて、でも何か言いたくて……結局、私の口から出たのは平凡なお礼の言葉だった。それを受け取ったシャリーさんはきょとんとした表情をしていたけども、くすりと笑って「どういたしまして」と言った。

 うん。それだけで、なんだか私は救われた気分だ。


「おい、赤髪ちゃん!!」


 店の奥から、私のことを呼ぶキャルンさんの大声が聞こえる。それに返事をする前に、キャルンさんの大声が再び店の中に響いた。


「よくよく考えたら、お前もだらしねえ恰好してんじゃねえか!! おら、お前の貧相な身体でも着れるような服を奪っ……借りてきたから、着ろ!!」


 そう言って、何着かの服が放り出された。その奥で、誰かの悲鳴が聞こえたような気もしたけど、ミトリさんの笑ってない目が怖くて何も言えなかった。ああ……本当に、ミトリさんには一生勝てない。


 キャルンさんが放り投げてきた服は、ファンシー色が強い服で……どちらかといえば子供向けな感じだった。これを着るの……? と思ったけど、キャルンさんに反抗できるわけもなく、黙って袖を通す。それに……知らない誰かの犠牲のためにも、着なきゃ。それにしても、ご丁寧に壊れた下着の替えまであって……サイズがぴったりだったのが、何だか悔しい。


「お? 着替えたな? それじゃあ、行くか」


 奥から出てきたキャルンさんは、それはもう別人だった。

 なんというか、気の強いお姉さんを前面的に押し出した格好だ。ブロンドの髪はやや雑にウェーブをかけて、とくに結うこともなく背中に流している。上半身は、派手な刺繍がされたスカジャン。下半身は長身のキャルンさんに良く似合っているダメージジーンズだ。化粧にも慣れている(当たり前だけど)ようで、自分の素材を隠さない程度に飾っている。


「んん? どうした? キャルンお姉さんに見惚れちゃったかー? ははは、赤髪ちゃんったら単純だなあ、おい」


 私が単純であることは否定できない事実ではあるけど、見惚れていたわけじゃない。ただ、なんというか……うん。自分に自信を持ったコーディネイトだなあ……と。いや、違う。自分のことをよく知っている服装だなあと思った。


「んじゃまあ、行くか」

「あ、はい。それじゃあ、ミトリさん。また」

「ええ、行ってらっしゃい。二人とも」


 ミトリさんに見送られて、私たちは『恋の迷宮』から出る。気が付けばすでに夕方時で、長い間この中にいたんだなあ……と、再び店の外装を見て目を背ける。痛い……目が痛いよ……。


「何してんだお前は……おら、行くぞ。さっさと用を終わらせて、あたしは飲みに行きたいんだ」

「は、はあ……。それで、どちらに行くんですか?」


 私がそうキャルンさんに問うと、彼女はいたずらな笑みを見せる。

 いや……いたずらなんて甘いものではなくて、人を見下して馬鹿にしたような笑いだ。その表情にゾッとした私の様子を見て満足したのか、キャルンさんは言う。


「そりゃあお前……『夜街(ナイトタウン』だよ」





 夜街(ナイトタウンと言えば、自由都市ラーヴァンでも危険区画とされている場所で有名だ。というのも、夜街は一目がつかないところで……一般人が決して足を踏み入れないやばい物を取り扱っているという噂だ。やばい物っていうのは……まあ、薬だったり、兵器だったり、人だったり……。


 夜街って名前なのは、一日中夜のように暗いところにあるから。

 まあ……ダウンタウンっていうのかな? 自由都市ラーヴァンの地下に広がっている街が、夜街ってわけ。だから、昼間であろうとも暗いし、ジメジメしてるし、色々と不潔だ。


「事実、そういう場所だっていうのは否定しねえよ。まあ、警戒して損はねえ場所だわな」


 夜街へと続く階段を歩きつつ、前を進むキャルンさんは言う。

 私はその後ろをゆっくりと付いていく。


「しかし、意外にもびびってねえな、赤髪ちゃん」

「えっ!? いや、その……実は何度か来てますから」


 嘘だ。何度かなんてもんじゃない。しょっちゅうだ。

 私の言葉が意外だったのか、キャルンさんは「えっ」と言って、また顔を青ざめる。今度はどうしたんだ、と不安そうに見ていると、呟くようにして言った。


「ショックだ。あたしよりも悪だったんなんて……負けた。容姿以外負けた」


 なんだろう。

 反応に困る言葉ではあるんだけど、容姿以外って……まあ、負けてるけど。

 ……客観的に見て、私って可愛いのだろうか? 自分では(自画自賛しているようで嫌だけど)普通だと思ってる。とくに、ラーヴァンなんて色んな人たちが集まっているものだから、すごい美人さんなんていっぱいいる。そういう人たちからしたら、私なんて普通すぎると思うんだけど……?


「……まあ、あれだ。お前の場合、声かけられやすいってのは、どこか暗い表情してるってのがあるのかもしれないな」


 キャルンさんはそう言う。

 暗い表情……無意識だけど、私はそういう表情をしているのだろうか。


「してるさ。なんか、私は幸せじゃありません。私は不幸です。だから構ってください。愛してください。……ってオーラが、すげえしてる。そういうのを見ると、面倒くさいなと判断する男もいるけど、中には放っておけないなんて思う良い奴もいてさ……お前はそういうやつの庇護欲をそそってるわけさ」


 さすが、経験豊富な方は言うことが違う。男嫌いなくせに。

 でも……そうなんだ。客観的に観たら、私はそういう印象なんだ。

 それが得か損かと言われれば……わからない。男の人に声を掛けられて、一時でも楽しい時間を過ごして、そして最後には逃げられて……別れと出会いを差し引いてゼロって感じかな。


「まあ、他にも色々とあるんだが……ひとまず、おしゃべりはここまでだな」

「そうですね」


 階段を下りた私たちの前には、重厚な鉄扉がある。錆がひどく、それが何者も寄せ付けない畏怖を感じさせる。しかし、この鉄扉に鍵はかかっていない。なぜなら、ラーヴァンと同様に、夜街もまた『来るもの拒まず去る者追わず』だからだ。


 キャルンさんはゆっくりと鉄扉を押し開ける。扉が重く、女性の力では一苦労というのもあるだろう。しかし、それ以上に警戒しているいうのが大きい。私という守護すべき対象がいるというのも、キャルンさんが緊張している理由にもなっている。


 扉の向こうからは、騒がしい声が聞こえてくる。それは、怒号であったり、叫び声であったり、嬌声であったり……とにかく、騒がしい。

 その声の中に、私たちは身を投じた。自然と、注目を集めないように、雑多の中に紛れるように。そして、しばらく歩いて後ろを警戒し、そこに誰もいないらことを確認すると、私たちは安堵の息を吐いた。


「ま、最近は上から来た奴を襲う馬鹿もいなくなったがな……。念のためだ」


 たまにある。

 上から不用意にやってきた人を襲う輩が。とくに、私たちみたいな女の子を狙われることが多く、私もここへ来るときは何かと準備をする。


 私は改めて夜街の天蓋を見上げる。

 とはいっても、そこには壊れかけた大型の照明があるだけで、特別なものはない。不規則に点滅するあの光が、この夜街の不気味さを際立たせていた。

 通りに目を向ければ暗い。しかし、それ以上に人の声が騒がしく、不思議なことに寂しさは感じられなかった。


「ま、確かに警戒は必要だけど、慣れれば楽しいところだな。遊ぶ場所も多いし、ちょっとリスクがある歓楽街ていうのが、あたしの評価」


 キャルンさんはそう締めると、スカジャンのポケットから手を抜き、両手に装着さていたナックルダスターを抜いた。うわあ……この人、見た目通りの武闘派だった。なんか気に入らないことあったら、問答無用で鉄拳制裁されそう。

 私のビビった顔にまたもや満足したのか、キャルンさんは愉快そうに笑うと言う。


「ただ、残念なことに今日遊ぶ暇はねえ。こっちだ、赤髪ちゃん」


 私はキャルンさん先導のもと、歩き始めた。

 夜の街が私たちを迎えてくれた。

 それが、なぜか、心地良かったのが不思議だった。

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