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黒魔術師は愛されたい  作者: 真空
黒魔術師は愛されたい
3/14

通り魔調査開始


 繰り返すけど、私は十六歳のときに親に捨てられた。

 家から追い出されて、泣きわめいても入れてもらえず、最終的には魔術で襲われて……意味もわからず混乱のまま逃げ出した。……まあ、それはさておき、自分の家と周りの森しか知らなかった私は、行く当てがなかった。友人や親戚などもいなかったし、仕方なく一人で森を彷徨った


 最初は、木の実や小川の水で飢えを凌いだ。

 運が良いことに魔物とも遭遇しなかったし、危険な動物と出会うこともなかった。だから、命の危険は全くなかったように思える。……でも、それよりも先に、私の心に限界が来た。


 今まで愛されてきた両親からの拒絶。

 話し相手もいない孤独は、十六歳の私の心を弱らせた。

 弱らせて……弱らせて……死にそうだった。


 意味もなく森を歩き続け……いや、誰かに会いたい。誰かと会話したい。誰かと笑い合いたい。誰かと一緒に居たい。……そういう思いだけを胸に、私はひたすら森を歩き続けた。そんな日々が一週間ほど続き、やっと森を抜けた先に待っていたのが……この街だった。


 自由都市ラーヴァン。

 自由といっても、規律がないわけじゃない。ここは、多くの民族たちが集まってできた集落が元で、それから多くの人々により大きくなっていった街らしい。その名残は今でも残っており、この街が受け入れない者はいないという。

 多くの民族が暮らすこの街は、どの国家にも属さない。

 中立国にして自由に生きる街。それがラーヴァンだ。


 私は幸運だった。ラーヴァンでなければ、身分証の類がない私は。街の入り口に立つ衛兵によって入ることする叶わなかっただろう。ラーヴァンだからこそ、一週間森を歩いてみすぼらしい見た目の私でさえも、快く受け入れてくれたのだ。


 私は、この街の温かさが好きだ。

 多くの民族が暮らし、それぞれの文化が重なるようにして成り立ち、ときに対立し、ときに調和し、生き物のように変化し続けるこの街が好きだ。


 だからこそ……私はこの街を脅かす存在が嫌いだ。

 そういう意味でも、通り魔を見過ごすことはできなかったのかもしれない。


「……それで、ここが襲われた場所ってわけね」


 私はラーヴァンの商業地区の小道にいた。ルルの情報によれば、襲われたのは皆女性で、決まって深夜遅くに一人になったところを狙われたらしい。まあ……ありがちな話ではあるけども、ラーヴァンは特別治安が良いわけじゃないし、なんで女性が一人で歩いてたんだろう……?


「あーもう……こういうときルルがいればなあ……」


 私はてっきり付き合ってくれるものだと思っていた猫のことを思う。

 ルルは「ご主人以外の人間とつるんでいるところをご主人に見られたら困るよ」と言い、猫たちが集めたという情報を私に伝えて消えてしまった。つい呼び留めてしまいそうになったけど、ルルは飼い猫で私の猫じゃない。……話し相手になってくれるだけ感謝しないと。でも、こういうときに頼ってしまうのだから……私も頼りないなあ。


 襲われた小道は、街の大通りから少し離れた場所で人は滅多に通らない。つまり、誰かを襲うならば恰好の場所ということになる。近くには民家もなく、どちらかというと商業地区の倉庫が多い。うーん……よくよく考えれば、ここって危険すぎない?


「おい、そこのあんた、何している」


 私が思案していると、後ろから声を掛けられた。その声色からは警戒の色が感じられ、私も恐る恐る振り返る。


 そこにいたのは、腰元の剣に手を添えた男性だった。

 年齢は二十代前半といったところだろうか。浅黒い肌に短く刈られた髪、太い眉の下には私を見据える鋭い眼光。服の上からでもわかるほどの鍛えられた身体から威圧感を感じ、私は委縮する


「何をしている、と聞いているんだ。……もしかして、言葉が通じてないか?」

「あ、いや、通じてます! わかります! 怪しい者じゃないです!」


 怪訝な顔をする男に向かって、私は慌てて自分の身の潔白を主張する。

 いや……まあ、私を怪しむのも無理はない気がする。私自身が言ったことだけど、この周辺は民家もないわけで、人通りも少ない。つまり、ここにいること自体が怪しさ満点なのだ。


 何とかして警戒を解かないと……。通り魔を捜しているはずが、自分が通り魔として怪しまれるなんて冗談じゃない。仮に、捕まって後に冤罪が晴れて釈放されたとしても、きっと私は捕まった女として後ろ指を指されて生きていくはめになるぅ……。それは、愛されたいという私の目的から大きく外れちゃうよぉ……。


 と、私がどうしようかと混乱している反面、落ち着いた様子で私に話しかけてきた。


「……君、名前は?」

「へ? えと……シャリーです」

「そうか、シャリーか。俺の名前はトルマ。怯えさせてしまったらすまない。もしかしたら、例の通り魔かと思ってな」


 トルマさんはそう言うと、私の方へと歩み寄ってきた。

 どうやら通り魔ではないと判断してもらえたようだけど、それだけで話は終わりそうもないみたい。私は少しドキドキしながら、トルマさんが近づいてくるのを待っていた。

 そして、私から一歩、二歩、離れた場所でトルマさんは立ち止まる。うーん……私には剣術の心得がないから判断しにくいけど、恐らくはこれがトルマさんが一瞬で私を斬り捨てられる間合いなんだろうな……と思う。まだ剣から手は離れていないし、警戒は解いていない様子ね。


 お互いの間に静かな緊張が走る中、トルマさんが口を開いた。


「……それで、質問を繰り返すけど、ここで何をしているんだ? 見たところ、商人でもその使いってわけでもなさそうだし……。あんまり女の子に言いたくはないけど、怪しいぜ?」


 こ、これは……なんて言うべきなんだろ。

 通り魔を捜しています! て言ったら怒られそうだし、散歩してますっていうのも、怪しいよね? ここは……そう、嘘の中の真実を包み込み……説得力を持たせて誤魔化そう。


「わ、私は……そう! 探偵なんです!」

「はあ? 探偵? 君のような子供が?」

「子供といって舐めてもらってちゃ困ります。今は、例の通り魔事件の捜査中なんですよ」


 我ながら、思い切った嘘を吐いた。

 探偵っていうのはもちろん嘘だけど、それでも通り魔を捕まえたいと思ってるのは本当だし……ここにいる理由説明にはなってるよね? うん。むしろ、もっと探偵設定で押し切ってやろう! ここまで来たら、やれるだけやってやる!


「トルマさん。あなたこそ、こんなところで何をしているんですか? 見たところ、守衛団というわけでもなさそうですし、私から見たらあなたも怪しいですよ?」


 ……ちょっと調子に乗って、探偵っぽく振る舞ってしまったのは秘密。

 こんなところをルルに見られたら、後でいっぱいいじられそうだ。


 それに、トルマさんが怪しいというのも本当のことだし。

 この場所にいて私自身が怪しく見られているということは、トルマさんも怪しいということなのだから。加えて、守衛団でもないのに帯刀しているとなると……本当に何者なの?


 しばしの沈黙の後、トルマさんは息を一息吐き、剣から手を離して言う。


「まあ、こんなこと言うと笑われるかもしれないけど、俺は例の通り魔を捕まえるために動いているんだ。わかってる。守衛団に任せておけって言いたいんだろ? でも、誰かに任せて……俺が何もしないなんて、できるわけがない」

「……どういうことですか?」


 私がそう問うと、トルマさんは悔しそうに表情を歪め、手をぎゅっと握りしめる。そして、俯いて吐き捨てるように言った。


「妹が、通り魔に襲われたんだ」

「……なるほど。それは……気の毒に」


 別に死んだわけではない。ルルも死人は出ていないと言ってたし。

 それでも、襲われた妹さんは……きっと怖かったと思う。それだけでも……兄が、家族が動く理由としては十分すぎるよね。


「なあ、あんた……探偵なんだろう?」


 トルマさんは顔を上げて、私に問いかける。

 とっさの質問に、嘘だというのに、そして嘘を吐いた謝るタイミングもここだというのに、私はついつい勢いで「は、はい!」と答えてしまう。それは、トルマさんの顔が必死で……何かに縋りたい一心に見えたからかもしれない。


「俺はハンターで、剣を振って魔物を狩ることしか能がない男だ。でもあんたなら、探偵のあんたなら、犯人を見つけてくれるんだろ?」

「……それは、必ず」

「じゃあ、頼む! 俺も協力する! 犯人を見つけてくれ! このままじゃ、妹は安心して街を歩けない! いや、妹だけじゃない、きっと街のみんなも……!」


 トルマさんそう言って、私に懇願するような顔を向ける。

 ……こんなこと言われて、断れることできないよね。……私、探偵じゃないけど


 その後、トルマさんと連絡先を交換した。連絡先といっても、住所だけなんだけど、何かわかったらこの場所に来て欲しいと言われた。私はそれを了承すると、トルマさんと別れた。なんでも、仕事の合間――ハンター業というのはよく知らない――に自主的に見回りをしていただけで、これから街の外で魔物退治をするのだとか。そう聞くと、腕っぷしには自信がありそうね。


「私は……ひとまず、ルルに教えてもらった襲撃場所をすべて回ってみようかな」


 こんなとき、魔術が使えれば楽なんじゃないの? と思うかもしれない。

 まあ……普通の魔術師なんかは色々と方法が思いつくのかもしれないけど、黒魔術師はそうそう簡単に魔術を使えない。まあ、だからこその黒魔術なんだけどね? 色々とリスキーな業だよ、本当に。


「黒魔術か……。そういえば、犯人は黒魔術師なんて言われてたっけ」


 ルルからそんな噂があると聞いた思い出がある。

 ……仮に、犯人が黒魔術師だとしたら、この場に黒魔術を行使した痕跡があるかもしれない。他の場所を回る前に、私は再び調査を始めた。今度は魔術的な観点からの調査だ。


「……ううん? 少しだけど、魔力の痕跡がある……」


 あながち噂も間違いじゃないかもしれない。

 だとしたら、その黒魔術師は私が退治する必要がある。


「一歩前進かな。それじゃあ、次の場所行ってみよう」


 私はもう一度だけその場を見渡すと、踵を返して大通りの方へと歩いて行った。

 そのとき、もう一度この場所に来るかもしれない……そう感じた予想は見事的中する。





「それで? どうだったの?」


 と、訊いてくるのはルルだ。

 すべての襲撃場所を回ったころには陽は傾き、これ以上は私も危ないと思い、自宅に戻ってきた。一日中歩き回ったということもあったけど、ここまで頭を使ったのも久しぶりだったし……何よりも魔力の痕跡を辿るのは集中力が必要で疲れる。


 というわけで、今の私は癒しを求めていた。

 そんなときにルルが来たのだから、抱きしめるしかない。そんな状況下であろうとも、冷静に調査の進捗を訊いてくるのだから、この猫は大したものだ。


「……ま、結論からいうとね。犯人は黒魔術師……とは言い切れないかな?」

「煮え切らない言い方だね? よくわからないよ」

「それは私もだよ。……どの襲撃場所も魔力の痕跡はあったよ? でも、黒魔術に必要な贄の痕跡はなかった」

「ふうん……。まあ、黒魔術師ではないにしろ、相手はただ者じゃないってわけだね。大丈夫? シャリー? 危ないと思うけど」

「危険は承知の上よ。それに……襲撃場所を回って思ったことがあるの」


 思ったこと? そう訊き返してくるルルに私は頷く。

 襲撃場所は、どこも人気がないような場所だった。すべてがそうとは断じれないけど、多分夜になったら無人になる。つまりは、夜がつくりだす街の死角。犯人が一時的に作り出す幻のような密室。助けを呼ぼうにも、誰もその声には応えられない。気付くことすらできない。


「……そんなところで女の子たちは襲われたんだよ? そう思うと、怖くて仕方がないよ。同時に、やっぱり犯人が許せなくなった。最初は……黒魔術師に対する悪評を払拭するためだったけど、今はちょっと違う。なんていうか……やらなきゃって気持ちが大きくなった」


 それはきっと、トルマさんの話を聞いたこともある。

 今まで襲われた女の子たちのことなんて、あまり気にしてなかった。でも、実際に被害にあった人たちがいる……というのを、遅れて実感した。そうなると、あまりにも私の動機が陳腐に思えて来て、恥ずかしくなる。


「……ま、ほどほどにね? それでこれからどうするの?」


 ルルの問いかけに、私は頷く。

 実のところ、次の行動指針は決めている。というより、しなきゃならなきゃいけない……って感じかな? この事件を解決するにあたって、やっぱり被害に遭った人たちを知っておかなきゃと思う。


 そして何よりも、情報が足りない。

 だからこそ被害者女性から話を聞いてみようと考えた。


「ということで、ルル。よろしくね?」

「……また、ボクの情報頼りかい? まったく……少しは自分の脚で情報を稼ぐってことを覚えるべきだと思うけどね。でもまあ、こういう展開になると思って調べてきたよ」


 さすがはルル! 私の相棒!

 ……それは言い過ぎたかな。何度も言うけど、私はルルの飼い主じゃなくて、ただの友達なんだから。そこらへんは分別をつけないと。

 反省しつつ、私はルルから襲われた女性たちについて聞いた。何人かはもとの生活に戻っているようだけど、まだ入院している人たちもいる。体調はすっかり快復しているんだけど、やっぱり襲われたショックが大きいみたい。


「……その人たちから話を聞くのは酷ね」

「うん、ボクも賛成かな。快復した人たちから話を聞くべきだとおもう。それでも、彼女たちも傷ついているわけだし、慎重にね?」


 私は頷く。

 しかし、内心は不安でいっぱいだった。

 なぜだかわからないけど……私は女の子に嫌われやすい。それなのに、彼女たちの逆鱗に触れずに無事に話を聞くことができるのかは……不安で仕方ない。


「……ねえ、ルル? 明日はついて来てくれない?」

「言ったでしょ? ご主人以外の人と一緒にいるところを見られたら、それはご主人に対する裏切りだよ。本当は、他の人にこうやって抱かれるのも駄目なんだよ? シャリーだから、特別なの」

「……うん。知ってた。ちょっと、甘えたくなっただけ」


 嫌われるのは、本当に苦手だ。

 それは、私の一種のトラウマのようになっている。仮に……ルルから嫌われたりなんかしたら、きっと私は立ち直れない。自傷に走るかもしれない。この街を出て、また森を彷徨うかもしれない。そう考えただけで、私の瞳からは涙が溢れてくる。


 頬を濡らす涙を、ルルがぺろりと舐める。

 それに私が気づくと、ルルは優しい猫パンチを私の鼻に放ってきた。


「こらこら。こんなことで泣いてちゃ、犯人なんて捕まえられないぞ」


 ……そうよね。

 甘えていたいけど、頑張らなくちゃ。


 最後に、少しだけ強くルルを抱き締め、彼女に別れの挨拶を告げると私もベッドに入った。

 隣に誰もいない夜は、やっぱり少しだけ寂しかった。

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