愚痴の相手は猫
私は黒魔術師の家に生まれた。
小さい頃、どういうお仕事か知らなかったけど、お母さんもお父さんも大好きだったから、私も将来は黒魔術師になるって決めてた。親も反対しなかったし、だから私は気軽な気持ちで、十六歳のときに契約の儀式に臨んだ。
その結果、私は家族に捨てられた。
今でも、理由はわからない。
だけど、二人とも私を怖がっていたのをよく覚えている。
それから私は一人。
ずっと……孤独の中に生きてきた。
たまに、私に声を掛けてくれる男の人がいる。
最初は警戒してたし、どうせ身体目当てのナンパだと思って相手にしなかった。でも、何気ない話から私の中の寂しいって気持ちが溢れ出して……まあ、そういう仲になったりする。
でも、決まってみんな、私のあの姿を見ると離れて行く。
正しくは、逃げていくだけど。
みんな……みんな、私を化物の目で見る。
セノンは、セノンだけは、私の魔女の姿を受け入れてくれた。
でも……黒魔術師だって言ったら、逃げちゃった。
「おかげで、これで九連敗よ!!」
私はそう叫んで、手に持ったコップをテーブルに叩きつける。中に入っていた水が、その衝撃で数滴テーブルに散る。まだお酒が飲める年齢じゃないから、やけ酒のフリでしかない。でも、とにかく感情のままに誰かに愚痴を零したい気分だったし、たまたま彼女が遊びに来たから、私は叫ぶ。
「もう、十八歳なのに、処女だよ!」
「いやいや、そんなこと知らないよ」
彼女……白猫のルルは、呆れた様子で私を見る。
ルルとはそれなりのつき合いだったりする。他の猫は何言ってるかさっぱりわからないのだけど、なぜかルルだけは言っていることが理解できた。びっくりして、どうしようか迷ったけど、恐る恐る話しかけたのが知り合ったきっかけだったと思う。
でも野良猫ってわけじゃなくて、首輪もしてるから飼い猫みたい。本人……いや、本猫に飼い主はどんな人って聞いてもはぐらからせたから、追及はしてないけど。
「あのね、ルル。人間からしたら、十八歳の女子が経験なしっていうのは……それはそれは恥ずかしいことなの」
「一人ぼっちのシャリーが、一体誰からそんな話を聞いたの?」
「………雑誌の記事」
結局、雑誌の影響か。
そう言って、ルルは私を嘲笑う。
なによ、なによ! 猫のくせに! あんたに人間の常識なんか知らないでしょ! と言えば、多分すぐに言い返される。この猫、むかつくことに私よりも世間を知っているみたいで、私が食って掛かると冷静に諭されるのがオチだ。考えてみて? 猫に「シャリー? 人間の寿命は長い。きっとシャリーにもいい出会いがあるはずだよ」と、生暖かい目で見られた時の私の気持ちを。やるせないのよ……。
「それで、今回の相手はどのくらいの間付き合ったの? 出会いは?」
「一週間。街の喫茶店で本読んでたら声かけられた」
「短っ。シャリー。それ、きっと、シャリーの身体目当てだと思う」
ルルの言葉に、私は金づちで後頭部を殴られたかのような衝撃を受ける。
う、嘘っ……。あの優しいセノンが、ただ私の身体目当てに声かけてきたっていうの!?
それが信じられなくて、私はルルを見て言う。
「違うわよっ! 彼は私を愛してた! 出会ったばかりの私を家に誘ってくれたりしたし、デートだとちょっとだけ悪い顔してお酒飲ませてくれたし、あの姿になった私を魅力的って言ってくれたし!」
「そんな泣きそうな顔されても……。それに、話だけ聞くと、明らかにその男はあなたの身体目当てだったように思うよ」
最後に至っては、単純にそっちの方が好みだったんじゃない?
そう言って、ルルは前足で顔を洗う。
がーん。と、私はショックを受ける。
うっそー……。そんなことってある? あの優しい笑みも、親身になって私の話に付き合ってくれたのも、全部全部私とそういうことがしたいがためだったの?
もう、何も信じられない……と、までは絶望しないけど、ちょっとだけ気を付けようかなとは思ってきた。少なくとも、コロリと騙されないようにはしないと。
私が過去の失敗から今後の対策を練っているときに、ルルは首を捻りつつ言う。
「大体……あの姿と黒魔術師ってことを隠せば、シャリーの容姿ならすぐに出来るでしょ? 彼氏の一人や二人くらい。どうして、そうしないかな?」
そう言われ、私は肩を落とす。
ルルの言うことは正しい。自惚れじゃなくて、街にいれば男の人から声を掛けられるのは日常茶飯事だ。さっきだって、きっと魔女の姿を隠していれば、今頃は……って感じになってたと思う。けど……それはできない。
「……私の両親は、私のあの姿を見て怖がったの。だから、あの姿を受け入れて………愛されたいの」
「……なるほどね。ごめん、これはボクが軽率だった」
ルルは頭を下げる。私は別に気にしてはいない。
だって……結局は、私の自己満足だし、私の高望みでしかないからだ。
私が……出来もしない要求を相手の男にしているだけ。
「……ぐぅ……。これも全部、黒魔術師の悪評が悪い!」
セノンは、あの姿の私を受け入れてくれた。
まあ? ルルの言うことが正しかったら、それは彼が下種野郎だった話だけど? 私は彼のこと信じてるし? ……逃げられたけど。って違う違う! 話の肝はそこじゃなくって、彼は黒魔術師だって聞いて逃げたのだから、根本的な問題はそこにあるはず。
「つまりは、まずは黒魔術師は悪い人じゃない! ってことを世間に浸透させなきゃいけないわけよ」
「えー……。無理だよ。だって、黒魔術師の人って、悪い人ばかりだもん」
せっかく人がやる気になったところで、この猫はバッサリと私の案を切り捨てる。ひどい。
でもまあ……確かに、歴史上の悪人たちはみんな黒魔術師とつながりがあるって話だから、否定できない。……そう思うと、お父さんもお母さんも、悪いことしてたのかな……? 今になって考えるけど、私の思い出の中の二人は、笑って私を愛してくれた。両親が悪人だなんてのは、信じられない。
私がそう考えていると、ルルはぺシぺシと私の鼻を猫パンチしつつ言う。
「だって……ほら、世間を騒がしている通り魔だって、黒魔術師って噂だよ? 生贄のために人の生き血を求めて、夜な夜な女を襲ってるって」
その話は私も知っている。
この街で最近噂になっている通り魔……血を注射器で吸い取っていくから『蝙蝠』なんて呼ばれている輩だ。でも、その通り魔が黒魔術師っていうのは、納得しかねる。
「……違うわ、ルル。逆なのよ」
「逆?」
「そうよ。きっと世間は悪人=黒魔術師っていう認識なのよ。でもきっと違う。黒魔術師の中に悪人が含まれているのではなくて、悪人の中に黒魔術師がいるのが真実なのよ!」
「……つまり、悪いことしている人をすべて黒魔術師と決めつけるな! ってことを言いたいんだよね?」
そういうこと。
でも、通り魔か……良いことを閃いたかもしれない。
そう……きっと、これなら黒魔術師の悪いイメージも払拭できるはず! そして……きっと私を愛してくれる人も見つかるはず!
「決めたわよ、ルル! 私がその通り魔ってやつを捕まえるわ! 黒魔術師として!」
「……まさか、そう来るとは思ってもみなかったよ」
ルルの呆れた猫なで声を聞きつつ、私は立ち上がり握り拳を天井に向かって突き上げる。
決めた! いつまでもくよくよなんてしてられない!
私も愛されるために、最大限の努力をしなきゃ!
でも、とりあえず……今日は寝て、明日から頑張ろう。
私はベッドの中に潜り込む。すると、さっきまでこのベッドでセノンと向き合っていたことを思い出し、唐突に寂しさが込み上げてきた。帰ろうかとするルルの尻尾を掴み、私は言う。
「ねえ、ルル? 私の隣空いてるけど、どうする?」
「……寂しいなら、正直に言いなよ。まあ、君が寝るまでは傍にいてあげるよ」
そう言いつつ、ルルは私の布団の中に潜り込み、丸くなる。
それを優しく抱き込んで、ルルの温かさを感じつつ、私も眠りに落ちていく。
ちなみに、私はまだ裸だったから、本当に温かかった。
ぬくぬく。