黒魔術師の秘密
初めまして。真空と申します。
少しでも楽しい作品にできればと思います。
応援のほどよろしくお願いします。
部屋の灯りは暗い。
かといって何も見えないわけではなく、私の傍にいる彼の顔はよく見える。精悍な顔立ちで、いつものような自信にあふれた表情で私を見ていた。
彼……セノンはいい人だ。
私のことを、こんな私のことを愛してくれた。愛される資格なんて……ないかもしれないのに、私の傍にいて、私のことを愛してくれた。
だからこそ、私たちは今日ここで、愛の契りを交わす。
でも……その前に、やはり言っておかなければならないことがある。
「あのね……セノン」
ベッドの上で、私を押し倒したセノンの顔に手を添える。緊張か……あるいはこれからのことを思って不安なのか、私の手は震えていた。それを感じたセノンは、私の震える手をぎゅっと握りしめる。
「安心して、シャリ―。優しくするから。だから、怖がらないで?」
「……ありがとう。でもね、違うの。私、あなたに言わなきゃいけないことがあるの」
言わなきゃいけないこと? セノンはそう訊き直す。それに対し、私は頷く。
そう……これからのことを考えれば、私の秘密をセノンに明かす必要がある。だけど……それを彼に告げたら拒絶されるかもしれない。そう考えると……私は、怖くてたまらなくなる。
「……なんのことかわからないけど、俺はシャリーを愛してるよ」
「うん。知ってる。でもね……だから、私はあなたに伝えなきゃいけないの」
二人のこれからのために。
秘密は……ない方がいい。
私は意を決して、集中する。例えるなら、内側にある自分を引っ張り出す感覚。そして、それこそが私の本性であり、私の本質。そして……私の最大の秘密。
すると、みるみる内に彼の表情が変わっていった。まあ、びっくりするよね。今まで赤髪の私が、毛先から黒へと変わり、闇の中に溶けるような色へと変貌するんだもの。瞳も緑から黄金へと変わり、闇の中に浮かぶ。加えて、体格も少しだけ……ちょっとだけ、身長が伸びて……色々と大きくなったりする。多分、セノンには、私が二、三歳ほど成長したように見えていると思う。
漆黒の髪。
黄金の瞳。
魔性の身体に、妖艶な雰囲気。
これが私の秘密。
シャリー・ファム・ルルロンのもうひとつの姿。
「シャリー……君は……一体」
驚いた顔でセノンは私を見る。目をぱちくりとさせて、今見たものが信じられないといった様子だった。先ほどまでの余裕は見る影もなく、狼狽しているみたい。
別に、それで彼に幻滅なんてしない。確かに、頼りがいがあるところが好きだけど、目の前の彼女の姿がいきなり変われば誰でも驚く。それに……この反応はもう、慣れている。
「驚くわよね。ごめんね……騙してたみたいで……」
私がそう言うと、セノンははっとしたような顔を見せて、そしてすぐに首を横に振って私の言葉を否定する。未だに震える私の手を再び握り、私にいつもの彼の笑顔を見せる。
「驚いたけど……俺がシャリーを好きになったのは、見た目じゃない。君の優しいところが好きなんだ。だから、君がどんな姿でも愛してるよ」
その言葉を聞いて、私は我慢できず涙がこぼれる。
ああ、この人なら……こんな私を受け入れてくれた人なら……きっと、私を愛してくれる。
「ありがとう、セノン。みんな……私のこの姿を見ると離れて行っちゃうの。だから……受け入れてくれて嬉しいわ」
「そいつらは人の上っ面しか見ない男たちだったんだよ。それに……今の君も、とっても魅力的だよ」
心臓がドキンと跳ねる。
やばい……。安心してきたら、すごいドキドキしてきた。今までも緊張してたけど、それは私を受け入れてくれるか不安だったからで……こうして、ここまで来ると……うわあ、本当にしちゃうんだ。私……上手くできるかなあ……。
「それにしても、一体これはどういうことなんだい?」
セノンは私の黒い髪を撫でながら、訊いてくる。
それがくすぐったくて、耳に手が触れると、不意に私の口から声が零れる。その反応が良かったのか、彼は意地悪な顔をして私の耳を愛撫する。
「ちょっ、駄目! 耳はっ……んっ!」
「ほらほら、言わないともっとくすぐるぞ?」
「言うから! それ以上、やられると、駄目だからっ!」
まずい。すごい幸せ。
いつか、こういう風に結ばれる日が来るって、夢見てたけど……それが、まさか今日だなんて。
私はくすぐる彼から逃げつつ、言う。多分……自然と笑っていたと思う。それは、彼といる幸せと……これからの彼との生活に希望を抱いていたからで――。
「わ、私……黒魔術師の家系で」
だから、そんなこと言わなければ、希望が絶望に変わることもなかったのに。
突如、私に触れていたセノンの手が離れる。
どうしたの? と、彼の顔を見れば、この薄暗い部屋の中でもわかるくらいに、表情が引きつっていた。顔も青ざめ、ゆっくりと私から距離をとっている。
待って。そんな、待って。
私を、私を受け入れて……。
「く、黒魔術師だって?」
セノンの問いかけに、私は必死になって応える。
嘘を吐けば良いのかもしれない。でも、ここで嘘を吐いても……きっと、すぐにばれる。だから、私は正直に彼に告げる。そうしないと、彼と本当の意味で愛し合えないと思うから。
「そう……。私は黒魔術師。この姿は……契約の証なの。で、でも安心して? 契約だけして、別に変なこととから、物騒なことはして――」
私の言葉が終わる前に、彼はベッドから降りていた。
慌てた様子で自分の衣服を手に取って、まるで私を化物を観るかのような目で見て、言う。
「黒魔術師なんて、聞いてない! そんな奴と付き合えるかっ!」
セノンはそう言って、衣服も着ずに部屋から出て行った。いや、出て行ったというよりは、逃げ出したという方が、あの慌てた様子を正しく表現できるかも。
何から逃げた?
勿論、私から。
「あ、あはは、はは……」
ベッドの上で裸のまま、私はなぜか笑っていた。
今までの嬉し涙とは違い、今私の頬を濡らしているのは悲しみの涙。
魔女の姿から普段の姿へと変わるけど、中身の私は変わっていない。
だから、絶え間なく涙が流れ出る。
「うっ、ぐ。ひぐっ! えぐっ!」
捨てられた。逃げられた。拒絶された。
私は、また、愛されなかった。
「うわあああああああん!」
一人、部屋のベッドの上で、私は泣き叫ぶ。
寂しい。とても、寂しい。
また、私は一人ぼっちだ。
私の名前はシャリー・ファム・ルルロン。
私は黒魔術師。
私は……愛されたい。