聞こえる声は
「私は自然が大好きだ」
生まれた場所がコンクリートに囲まれた都会であり、自然に対する憧れは人一倍である。
山に登った時の木々のさざめき、虫や鳥たちの鳴き声なんてのは私にとって実にたまらない。
こうなると、自然の声なんてのをぜひ聞きたくなってくるものだ。
あの草は、木は、鳥は、虫は、喋るとしたらなんと喋るのだろうか。
少しメルヘンチックな夢で、他人に聞かれたら笑われてしまいそうだが。
そんなある日、私は歩いているところを怪しい老婆に呼び止められた。
「そこのお方、あなた自然などがお好きではないですか」
「確かに、私は自然が好きだがよく分かりましたね」
「なに、こういう商売をしていると人を見る目が養われるのでね」
老婆はそう言うと、私の目の前に透明な液体が入った小瓶を出してきた。
「こちらは飲むと、動物や植物の声が聞こえるようになる商品です」
この老婆は何を言っているのだ、見た目だけでなく商品も怪しいではないか。
しかし、そう思う一方でどうしてもこの商品が気になってしまう。
もしかしたら、私の夢が叶うでないのだろうかと。
「どうやら迷っておられるようですね、もしお試しになって効果がなければ代金はいりませんよ」
その一言で、私はこの商品を試してみようと決心した。
しかし、いざ得体のしれない液体を飲むとなると躊躇してしまう。
もしかしたら、これは毒なんじゃないかと考えてしまう。
「いや、男は度胸だ」
意を決して謎の液体を飲み干す。
味は悪くない、むしろおいしいと感じるし、どうやら体調にも変化はない。
「これで、本当に動物や植物の声が聞こえるようになるのか」
「ええ、試しにそこに生えてる木に近づいてみて下さい」
そう言うと、老婆は近くの木を指さした。
老婆の言われるまま老婆の指さした木に近づいてみる。
木に近づくにつれ、何か声のようなものが聞こえてくる。
「最近、雨が降らないから喉が渇いて仕方がないよ」
自分の耳を疑ってしまう、本当に聞こえる。
あまりの衝撃に、「お前の喉ってどこだよ」というツッコミも出てこなかった。
「すごい、本当に聞こえるありがとうございます」
私は老婆に感謝の言葉を述べ、商品の代金を支払った。
こうなると私はいてもたってもいられなくなり、次の休日すぐに山に向かった。
私はワクワクしながら、山道に足を踏み出した次の瞬間。
私の耳に届いたのは、悲痛な叫び声であった。
「いたい、いたい、いたい」
その声に驚き、足元を見てみると私は小さな虫を踏みつぶしていた。
思わず後ずさりをする。
すると、再び叫び声が聞こえる。
足元には、生えたばかりの植物があった。
「これなら、これなら聞こえないほうが良かった」
私はもう二度と都会から出ることはないだろう。