春〜宮野春樹
いまだ少し肌寒さが残っているが、窓の外は雲ひとつない晴天だった。ベランダのプランターで少し狭そうに咲くサクラソウも、まだやって来たばかりの春に心を踊らせているようだった。
俺は視線をベランダからデスクに戻し、ここに座ってから真っ白なまま全く変化のない大学ノートを睨んだ。右手に握られているシャープペンシルも全く動き出す気配はない。
「はぁ」
あからさまなため息をひとつ付いた。春なのにどうしてこんなに鬱々しているのだろう。
俺は春が好きだ。
春生まれだし、そのせいで名前にも"春"の文字が入っているし。母親はいつか春の花のように生き生きと輝く人になって欲しいと語った。
そんな俺のお気に入りの季節が、今年も当たり前のようにやってきたが、俺の気持ちはどうしてこんなに曇っているのだろうか。
理由がわからない訳では無い。しかし、いつからこんなふうになってしまったのだろうか。
苛立ちを隠しきれずに、頭の後に手をやり、背もたれに体を投げ出した。
この部屋に引っ越してきて間もない頃、様々な家財道具を一式揃えた時に共に買った、座り心地抜群の社長椅子は、俺のやるせない体を優しく受け止めてくれた。
狭いこの部屋に似合わないその大きな社長椅子は、きっとデスクに座って作業することが多くなるからと購入したのだ。そして俺の相棒になってからもう2年が経つ。
俺は右手に持っていたシャープペンシルを大きく振りかぶった。いっそのこと、このままシャープペンシルを投げて、もう2度と使えないくらいに粉々になってしまえばいいのに。そんなことを考えて、俺は勢いよく右腕を振り下ろした。
俺の憤りがつまったその一撃は、目の前の壁にあたってデスクの上に転がり、皮肉にも真っ白なノートの上で止まった。
「はぁ」
再びため息をつく。
いつからだろうか。歌詞を書くのにこんなに時間がかかるようになってしまったのは。
不意に携帯が着信を告げた。
ささくれ立った俺の心に、けたたましい着信音が響いた。横目で表示を確認すると、"倉澤"の文字が光っていた。
マネージャーだ。
「……はい」
「おー、宮野か? なんだなんだ、若いくせに元気がないなぁ。歌詞はできそうか?今日はいい天気だから、インスピレーションも湧くんじゃないか?まあ、締め切りは明日だ。それを伝えようと思ってな」