「異世界での生活」39
相手からの反応は無いが、動きは止まっている。言葉をぶつけるなら今が好機のはずだ。
「放火犯の心理にはいじめを受けたりだとかストレスから逃げたいっていう想いがあったり……もしくは愉快犯、つまり人に注目される事に気持ち良さを感じている奴が居るってテレビで見た。そんな知識で悪いんだが……」
助けられるのなら手を伸ばす事だって出来る。わざわざ殴り合いに、それ以上に発展させる必要もない。こうして言葉を交わす事が出来るのだから。
「ここは大人しくしてもらえねえかな? 確かに捕まればそれなりに罰はあるだろうけどさ。今俺たちがやりあう必要はなくなるぜ」
本音を言うと、勝てるとは思っていない。だからこそこうして説得する事で相手の戦意を削ぎ、無益な争いを生まないようにする。時にはそういう技だって必要になるのだ。いつでもどこでも暴力で解決可能なはずがない。言いながら、昴はゆっくりと犯人に近付いていく。別にどうこうしようとは考えていなかったが、ただ大人しくなってくれればそれで良かった。
腕の届くギリギリの距離で対峙する二人。夜風がその瞬間だけ叩くように吹き付けると、昴の左腕に熱さが宿る。それが自身に付けられた傷であると遅れて気付く。流れる液体の感触。
「っ……!?」
銀色に煌く切っ先が腕を掠め、浅く抉っていたのだ。傷付けられた腕を庇うように後退。この相手に精神的な攻撃は通用しないのか。鋭い痛みが響いてくる。思考を鈍らせるように痛覚が悲鳴を上げ、脳は逃げろと命令してくるがここで引き下がるのは気に食わない。しかし拳を握ろうと左腕に力を込めると激痛が走り、動かす事すらままならない状態だ。ちょっとした衝撃で尋常ではない痛みが昴を襲う。
(こんなのをあいつは耐えてたのかよ……!)
昴がこの犯人と戦おうとする直前までセルディが応戦していた。昴以上に多くの傷を受け、出血もあったはずだがそれでも立ち向かっていたのだ。この世界の人間が異常にタフなのか、それとも自分が弱いだけなのか。出来れば前者であって欲しいところではあるのだが。
「まだ……考える余裕はあるみたいだぜ……」
血を止める為に痛みを堪えて腕を強く抑える。口にしたようにまだ完全に思考力を失ってしまった訳ではないようだ。この消耗した状態で何が出来るのか、必死に考えている自分に自然と笑みが零れてしまう。
音も無く距離を詰める犯人。
次は確実に仕留められてしまうかもしれない。避けられるか。否、避けなければならない。足を動かす。せめて刃の届かない範囲に。後ろか、横か。
(ここだ……!)
腕が突き出される瞬間を狙い、昴は犯人の視界から消える。屈み、すっかり空いていた股を潜り抜け、後方へ。しかし、避けたはずであるのに視野に入り込んできたのは輝く銀色――




