「パラレルワールド!?」08
剣を振りかざされた瞬間だ。この時の事は絶対に忘れはしないだろう。死んでもだ。
「待って下さい!」
その場に居た皆が皆、声の発信源へと振り向いた。それは昴やヴァルゼ、顔の見えない女王ですらそうしたはず。
「その人を……スバルの命を奪ってはなりません!」
昴は目を疑った。そこに立っていたのが、自分の助けた、金色の髪を持った少女だったからだ。それだけじゃない、彼女の言葉が分かる。あの時は確かに日本語ではない言葉で話していたはず、どうして彼女がここに居るのかと、止まりかけていた思考が再び回転を始める。
「レ、レイセス様それはどういう意味です? この者はあなた様のお部屋に忍び込んだのですよ!? 今回は何も無かったとは言え、生かしておくのはあまりにも危険かと!」
レイセス――それが彼女の名前らしい。剣を下ろした甲冑の人が叫ぶ。思考回路が回復を始めた昴は、危うく大声で反論をするところだったが、寸でのところで口を開かずに済んだ。
「ええい、静まらんか! 陛下と姫が居るのだぞ!」
騒ぎ出した観衆を静めるヴァルゼ。この状況を打破出来ると睨んだのか、レイセスに話をして下さい、と促す。チラリとヴァルゼを盗み見ると、その顔にはしっかりと笑みが刻まれていた。
レイセスはゆっくりと呼吸を整えてから話し出す。昴にも教えるような口調で。
「この方は、別世界に飛んでしまった見ず知らずの私を沢山の怖い人たちから助け出してくださいました」
両目を閉じ、片手を胸に当てる。
彼女の話を聞く全ての人間が、有り得ないといった表情でレイセスを見ていた。それは昴も一緒だ。
(なんだ何の話だ……?)
「そして、この方なら――スバルなら信頼に値すると思い、私の“アイギア”になってもらいました」
(……“アイギア”って何だ? 外国語、じゃねえんだよな。別世界……そんな物が実在するのかよ?)
その言葉を聞いた観衆が小声でざわつく。どよめきはひたすら大きくなり、ある種の大騒ぎだ。当の昴は、聞き慣れない単語が並べられていくのに混乱しながらも、頭の中で整理を続ける。
「たった一度助けられただけで? しかも、別世界とやらの人間を寝床に? 王族たる者として……いや別世界などという物を信じろ、と?」
レイセスの言葉は女王にも響いたらしい。感心と疑惑の念が込められたような声を上げた。
「私とスバルが信じられませんか? ……お母様」
キュッと口を引き結び、階段の先に居る女王、自身の母に問い掛けるレイセス。
「……スバルよ、問おう。今し方、我が娘が口にした事は全て、真実か?」
「それ、は……」
昴には分からないのだ。彼女の言った事が。だが、ここで助けに来てくれた彼女の意志を無駄にする訳にもいかない。嘘でも。どちらを優先するべきか、など決まっている。
「……本当、です。この神聖な場所で嘘なんてつけません」
嘘をついた。自分が生きたいという気持ちと、レイセスの気持ちも考えた上で。
「そうか。我が娘とその“アイギア”が言うなら、それは真実なのだな……」
「お母様……! それじゃあ!」
「ただし、条件を付ける」
喜びに輝いていたレイセスの顔にクエスチョンマークが浮かぶ。対する昴は急に進んだ話に追い付くのが精一杯なようだ。ワンテンポ遅れて、小さくガッツポーズ。既に八割は回復済みらしい。
「条件、ですか?」
「ヴァルゼよ。学院のアイギア剣闘会は月の満ちる刻であったな?」
「ええ……まさか陛下、姫様にご出場なさるように、と?」
「その通り。真実かどうか見極めるには最適であろう?」
くつくつと笑い声が耳に入り、昴は剣闘会とやらを文字的に意味を解析していく。
(けんとーかい……剣で闘う会……かな……? 字面的にマズイんじゃないか……?)
笑うしかない昴。だが、ここでがっくりとした素振りを見せるなら、嘘がバレてしまう。やり過ごすしかない。
「良いな、レイセス。その者と共に見事戦い抜いて見せよ」
「はい。わかりましたお母様」
「……それではこの裁判は不問に処す! 罪人としての扱いではなく、我が娘と同等の者と考えるように」
女王が高らかに宣言し、昴の死は唐突に回避されたが、次の課題が与えられてしまった。