「異世界での生活」14
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――寝てはいけない。ただそれだけを頭に置いて昴は座っていた。そして、無事に乗り越える事が出来たようだ。本日の授業は全て終了し、穏やかでもあり賑やかでもある時間がやって来た。日はすっかり橙色に染まり、これからは暗くなっていく。昴は椅子の背凭れに寄りかかり深い溜め息。
「やっと終わった……」
そう呟くだけ。ダメージは予想以上に大きいようでそこから動こうとしない。明るい天井を眠そうに見詰めているだけだ。しかし、相変わらず頭の中では考え事。授業に追い付けないなら帰って復習すれば良い、それはあくまでも知識が少しでもある場合のみ。今の昴には何の知識もない。天才かもしれないというレッテルを貰ったが、すぐに剥がれてしまうだろう。
「やらなきゃ、なあ」
駄々を捏ねていたって進む事は出来ない。昴は立ち止まっている事が嫌いな性格だ。やらないよりもやった方が良いに決まっている。再び長く息を吐く。しかしそれは溜め息などではなく、気持ちを入れ替える為だ。
「随分お疲れのようですけど……大丈夫ですか? 眠いですか?」
隣では荷物を整理しているレイセス。他の生徒同様帰り支度だろうか。へばっている昴の様子を見てか、相当心配そうだ。慣れない環境に連れ込んでしまったのだから疲れるのは当たり前だろう、と自分の心に厳しく。そうだとするのなら労ってあげるのが良いのではないだろうか。
「何か飲み物でも持ってきましょうか?」
「んー? そういやタダで貰えるんだっけ。でも……大丈夫だよー。それよりも、友達も待ってるみたいだし行った方が良いと思うぞ」
言われて首を曲げるとそこには同じ科の女子が数名、話しかけ辛そうにレイセスを見ているではないか。たとえ昴が、自分たちと仲の良いレイセスと話しているからといってそう簡単に輪に入っていけるようなタイプではないのだろう。それにこのようなだらけた体勢の人間には相当話しかけにくいはずだと昴自身が思っていた。それに加えて少々着崩した制服もある。王侯貴族が集まるような場所には不向きだった――分かっていても直さない昴である――。
「でもスバルが……」
「大丈夫。すぐ動くし」
「スバルがそう言うなら……」
力になれない事を知り、名残惜しそうに席を立つレイセス。昴もその気持ちは分かっていたが、彼女を独占するような事をすれば知らない内に孤立してしまうだろう。レイセスも、昴もだ。只でさえ周りが様子見状態なのをひしひしと感じているのだから。
「それでは、また明日。寮のところで待ってますから」
「おう。ゆっくり休めよー」
「スバルもですよ! 今日みたいにならないように、です!」
「分かってるって」
手をひらひらと振って走り去るレイセスの背中を見送る。友人たちと合流すると隙を見てこちらに手を振ってくれた。年頃の男子としてはそれはとても嬉しい事だったが、気にしていない体でもう一度軽く返す。そして彼女らの姿が見えなくなった頃、教室の残りも大分少なくなっていた。片手で数えられる程度。
「皆どっか行くのかな。寮住みなら外出ないだろうし……さて俺も行かねえと……んっ~」
立ち上がって大きく伸びをする。座学はそこそこ出来る方であると思いたいが長時間座りっぱなしでは気持ちが悪い。肩や首を回して体を慣らす。行きたくは無いが、これからあのモルフォのところへ赴かなければならない。
「あれ……」
昴はここである事に気が付いた。これはとても重要である。
「あいつの部屋ってどこだよ……?」




