「異世界での生活」05
黒板に並べられた文字。拙いながらも丁寧に書いた。それが見えるように立ち、昴は数秒間を開けてから口を開く。
「諸星昴、です。趣味は体を動かす事とか……色々ありますが割愛します。せっかく来たので出来る事はやろうと思ってます。どうぞ、よろしくお願いします」
口から放たれたのは至って普通の自己紹介だった。ここは下手に笑いを取りに行くような場所ではないと判断したのだろう。言い終え、礼をするとまずは真横からの拍手。
それから教室全体に拡散していった。二度目のファーストコンタクトはほぼほぼ成功と言ったところだろうか。無難な言葉を選んで良かった、と胸を撫で下ろす。
「意外と綺麗な文字を書くね」
「そうですかね……?」
「見やすいのは良い事だよ。おっとそう言えば名乗ってなかったね。ボクはここの担任をしてるユーリエル。専攻科目だと工学と魔法学で教えてるよ」
差し出された、男にしては細い手を昴はしっかりと握る。その眼鏡の奥には何やら企みのような光が見えた気がするが、ここは無視しておこう。昴は勘が良いのだ。
「いきなり授業に出てもらう前に、どうしてもやっておかなきゃならない事があってね。これは君の方向性を決めるのにとても重要な事だ。ここでは説明を省くけど」
「方向性、ですか?」
「うん。総合学は……結構得意不得意が大きく分かれる部分があってね。特に人によっては全然違うのが魔法学。これは本当に違ってくるからそこを見ておきたいんだ」
いきなりの関門である。そもそも魔法を学ぶというのは一体どういう事なのだろうと昴が眉間に皺を寄せていると、それを単なる不安と受け取ったらしいユーリエルは笑顔で肩を叩く。
「大丈夫! 君はあのフェノン君に“動き”を与えた逸材なんだから!」
「いや、別にそういう心配をしてたつもりじゃなくて――」
「と言う事で、皆は自習! 課題も持ってきてるから、それをやっておくように!」
教壇に置かれた紙の山はそういう意図があったのだろう。しかし、そのユーリエルの発言に対し誰も不満を漏らそうとしないのはさすがと言うべきか。ほんの少しだけざわつきがあった程度で、昴の世界だったとするなら内容如何では大ブーイングが始まったりしてしまう。それでも自習は楽だった記憶しかないのだが。
「よーしそれじゃあ付いてきて」
歩き出したユーリエルの後を追って昴も教室を出る。すると、扉を閉めた辺りで声を掛けられた。
「それで、ちょっと気になったんだけど……」
「何ですか?」
他の教室では授業中なのだろう。静寂を保つ廊下に響くのは二人の声だけだった。
「さっきの名前の下に書いてあった文字。何かの暗号?」
「ああ、あれですか……」
昴が先程書いたもの。それは自分の名前だ。余程字が下手な人はそうやって揶揄されたりもするが、そういう類の反応ではなかった。純粋な疑問だ。きっと今頃教室の中でも密かに話題になっている事だろう。
「もちろんどっちも、俺の名前ですよ」
黒板に書かれていたのは二行。
まず一つ目。自分の世界の言葉である漢字で。
そしてもう一つ。この世界の言葉であるアルファベットにも似た流れるような文字を使って。
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