「異世界での生活」03
人一人背中に乗せて走るのはそれ程苦にはならなかった。何よりもレイセスの身体が軽いというのが一番の原因ではあると思うのだが、さすがに昴も鈍い訳ではない。
体重の話を女子に振るのはタブーであると知っている――あくまでも常識ではあるが、ネタとして話す際には使う事もあるらしい――。木々の間を抜け、方角だけは確かにしながらひたすら走る。暫く走っていると視界が大分開けてきた。
「スバル、大丈夫ですか……?」
耳元でレイセスの声が響く。髪を振り乱しながら、そして額に汗を滲ませながら走る昴。きっとそんな自分を心配してくれているのだろう。だが、もう少しで開けた場所に出るはずのだ。昴の記憶では、舗装された道は周囲の見た目を重視しているためなのか大きく曲がりくねった箇所が多かった。ならば直線で結んだ方が早いに決まっている。今まさにそれを実践しているのだ。
「……大丈夫大丈夫。絶対間に合う……ほらもう少しで……よし、見えてきたな……!」
視界の先には校舎の入り口が小さく見えてきていた。まだ登校中と思しき生徒が多々歩いているではないか。作戦は成功だったのか。
「とりあえず、ここまでで良いか……ごめんな? 乱暴な運転で」
他人にこの体勢を見られるのはお互いに恥ずかしいだろう、と即座に察知し木陰で屈んでレイセスを降ろす。身体が先程よりも軽く感じるが、これは口には出さない。
「いえ……ちょっと楽しかったです!」
「うーん……その反応は返答に困るなぁ」
汗を拭いながら、誰も見ていない事を確認し、再び植木を跨いで正規の道へと戻ってきた。体感ではあるが、かなりの時間を短縮出来ているはずだ。問題はここから教室までの時間である。それ次第ではまた走らなくてはならない。
「ここからは間に合いそう?」
「そう、ですね……」
立ち止まるのは時間の無駄だとはっきりしているので勿論歩きながらである。
「んー……歩いても間に合うと思います!」
レイセスは眩しい笑顔で、嬉しい情報を与えてくれた。文字通り叩き起こされた甲斐があったというものだ。
「それにしてもスバル、どうして寝坊を?」
横で汗を拭きながら歩く昴を見上げてレイセスはそんな質問を投げ掛けた。純粋な疑問だろう。確かに急な事が沢山あって疲れが溜まっているとは思うが。
「あー……ちょっとな。色々とやらなきゃならない事が……」
「それは……何でしょう?」
「……内緒」
「そんな、酷いです!」
言えない訳でもないのだが、あまり言いたくはなかったらしい。頑なに口を噤み決して教えようとはしない昴。
夜中机に向かってはいたが、何をしていたのだろうか。
「きっとその内分かるだろうし。それに聞いても大して面白くないしなー。必須と言うか何と言うか……やらなきゃ俺のプライドが許さないってかな」
体の中に溜まった熱さを逃がすためにネクタイを更に緩める。もういっそ外してしまいたいのだが、服装面ではレイセスからの注意が多いので観念して緩めるだけで終わっているらしい。
そうこうしている内に校舎の玄関が見えてきた。この世界では靴を履き替える必要がないらしく、マットのような大き目の布で足裏を擦ってから中に入るのが通例のようだ。昴もそれに倣い軽く擦ってから中へ。見るのは二度目だが、やはり広い。そして何よりも明るいのだ。輝きを放っているようでもある。
二人は変わらず並んで歩く。周りからは奇異の視線があるように思えるが、きっとそれは昨日の件で噂が回ってしまったお陰なのだろう。あくまでも気にしないように毅然と振舞う。
「ふふ……」
「どうした? なんかヤケに楽しそうだけど……」
「だって、スバルは……今日から同じクラスのお友達ですから!」
「そうなんだよなぁ……」
太陽光にも負けるとも劣らない笑顔で。そう、昴がこれから向かうのはこの学院内でも最高クラス。超エリートの集まると言われる総合学一科だ。この学院の全ての科目を漏らす事なく学ばなければならない特殊なクラス。
(やってけるのか、分からねえけど……大丈夫。散々練習はしたんだ、“アレ”くらいなら……)




