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KotoSeka  作者: 吹雪龍
第1話
55/209

「パラレルワールド!?」55

*****



 外に出ると柔らかい風が頬を撫で、空は薄紫色に染まっている。もうすぐ日が沈み夜の世界に変わるのだろう。あの月が三つの夜に。昴とレイセスは並んで校舎の外を歩いていた。時折指差しで棟の説明が入ってくるが、見た目がほぼ同じなのでなかなか見分けが付かない。


「ホント……夢みたいだな。今更だけど」


 自身に流れた魔法の力。勿論それだけじゃない。今日一日で様々な異文化を体感した昴。正直に言うとまだまだ適応出来る気がしない。だが、それでもどうにか出来ると思っている部分もある。目の前に壁があるなら壊してしまえというのが持論らしい。


「それでレイ。二つくらい聞きたい事があるんだけど良い?」


「はい、何でしょう?」


「今俺らはどこに向かって歩いてるんだ?教員棟からはそれなりに歩いたような気がするけどさ」


 昴の体内時計に依れば教員棟で生徒証を受け取り、軽い説教を受けた後ここまで到達した時間は約十五分。広いのは嫌と言う程味わっているが、ここまで来るのもなかなか面倒である。


「あ、言ってませんでしたっけ……寮ですよ」


「何? ここの学生は寮生活なの?」


「スバルの世界では違うんですか?」


「まあそういう所もあるけど……うちの学校は違ったな」


 そもそも寮に入りたいとも思わなかった。家があるのだから家から通えば良い、と。遠いのなら仕方の無い話ではあるのだが。


「寮って事は普通に男女別だよな」


「それはもちろんです! でも、スバルが良ければ……」


「そうだな。ルールは守らないとな」


「……」


 規則を守っていないようなタイプの昴ではあるが、分別も常識もある。肩を落とす理由が分からないがそれでも一国の姫だ。守らなくてはならないものが沢山あるだろう。


「なるほど、それで寮までの案内か」


「はい。そうは言ってももう少しですけど……あれが男子寮ですよ」


 しなやかな指の先。そこにあるのは、昴の知っている単語で言い表すのなら洋館だ。白を基調とした煉瓦のような建材が積み重ねられ、窓を見れば中から漏れ出すオレンジ色の明かりがちらちらしている。見た限りでは五階立てくらいはあるだろう。


「はぁー……こいつはすげえな」


 近くで見上げるとその大きさも然る事ながら、丁寧に磨き上げられたのであろう壁面が光を反射しているではないか。中もさぞかし充実している事だろう――勿論電子機器の類が無いのは予想済みである――。


「今日から俺はここに住むのか」


「そうですよ。寝坊しないように気を付けてくださいね?」


「……体内時計次第。でも頑張ってみるよ」


 昴は別に寝起きが悪い訳でもなければ朝が嫌いな訳でもない。ただ起きるのが面倒なのだ。一度起きてしまえば動かなければならないという使命感に駆られ、嫌でも動いてしまうらしい。


「うん多分大丈夫だ。それで、もう一つ」


 人差し指を出し、顔はレイセスに向ける。これは少々前から気になっていた事だ。


「なんで他の人はレイの事をレイシア、って呼んでるんだ?」


「あ、それはですね……」


 何やら言いにくそうに周りを気にしているレイセス。一体どういう事なのだろう。他の人に聞かれてしまうと良くない内容なのか。ならば耳を近付けてみよう。この世界に内緒話の習慣がなかったらどうなってしまうのか定かではないが。


「ど、どうしたんですか……?」


「あ、無いのね……俺の世界では聞かれないように話をする時にこうして……」


 自分が耳を傾けるよりも実践した方が早いだろうとレイセスに耳打ちをする昴。相手がどのような反応をするかまでは考慮していない行動だ。


「ふ、ぁ……ちょっとくすぐったいです……」


「ああごめん。とまあこんな感じに周りにはあんまり聞かれずに話せる訳だ」


「そんな事をやっているのですか……! で、では失礼します……」


 今度は逆の立場に。自分から提案しておいてなんだが、吐息が耳を擽るのは精神衛生上宜しくない。だがここは我慢しよう。


「実は、ですね……姫である事をあまり口外するな、と言われてまして……なので身分は隠して入学しているんです。あくまでも一端の貴族として、と」


「そういう事か……確かに周りも気を遣うし大変だろうからな……」


「嘘を吐くのは心苦しいですが……」


 仲の良い友人が居たとしても卒業するまではずっと秘密を隠し通さなければならないのは非常に辛い事だろう。別の名前で呼ばれる度、レイセスは心を締め付けられる感覚があってもおかしくはない。


「そうか。だけど俺は知ってる。だから気楽にしててくれ」


「スバル……! はい! スバルの秘密を知ってるのも私だけですからね!」


 仲間が居れば心は強くなる。昴はそれを知っていた。だからこその助言なのだろう。それにしんみりした顔を見たくはないのだ。


「それでは私はここで失礼しようかと」


「門限とかもあるんだろうな……おう、分かった。気を付けてな」


「はい! では、また明日です」


 控えめに手を振りつつレイセスは歩き去っていく。高貴な人物というのはどのような状況でも絵になるようだ。昴も男子寮に向き直り、気合いを入れる。ここから新たな生活が始まるのだ。


「部屋がないからボロ部屋、なんてのはたまにあるよな……」


 創作の中では稀にある光景だが、きっと無いだろう。そう信じて昴は一歩踏み出した。

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