「パラレルワールド!?」53
呟く程度だと思っていたのだが、思いの外大きな声を出してしまったらしい。終わりの見えない言い争いを繰り広げていた二人の視線が集まってきた。
「大雑把に言うとそんなところだけど……そんなに驚く事?」
昴の驚きの理由がどうしても理解出来ないのか、小首を傾げて質問を投げ掛けるアンリ。その隣に居るレイセスも似たような表情で、頭上にクエスチョンマークが浮かんでいるような気がする。
しかし昴にはその反応が理解不能。創作世界でしか存在し得ない超常現象が引き起こされたのだ。当然の反応だろう。現に全身、どこにも痛みはないのだから。
「そ、そりゃあ驚くでしょう? だって、回復するんですよ?」
「確かにそうだけど……完全に癒えている訳でもないの。どこか痛むと思うの」
「……いえ、全くなんですが?」
完全回復じゃないと言われた昴はベッドから降り、床に足を付ける。ツルツルとしたタイルのような質感だ。軽い立ち眩みはあったが、それ以外はどうとも無さそうだ。肩を回したり飛び跳ねたり。拳に少し赤みが残っているが、その程度だろうか。
「そんな……スバル、無理してませんか? とりあえず座ってくださいね」
「ん、ありがとう。じゃなくて。俺は至って普通だぜ? ホントにホントだって」
「嘘を言ってるようには思えないし、事実だとしたらきっと魔法への親和性が高いのかも」
「魔法ねえ……」
ある意味では聞きなれた単語ではあるのだが、それを日常会話に紛れ込ませて使うような生活は送っていない。しかしこの世界ではそれが日常茶飯事。ゆっくり受け止めていこう。
「どうかしましたか?」
そんな昴の不思議そうにしている顔を見ながら、自身の持ってきた椅子に腰掛けるレイセス。所作が一々礼儀正しく見えるというか、さすがに育ちの良さが垣間見える。
「別になんでもないよ。それで、先生。親和性が高いとどうなるんです?」
こちらは癖なのか足を、そして腕まで組む態度である。たとえ教職が嫌いだからと何もそこまでしなくても良いとは思うが。
「ちょっとの力で大きな効果が得られるようになるの。さっき私が額をくっつけた時に掛けたのは君の言うように回復魔法。あくまでも痛みを抜いたつもりだったんだけどね」
「あ、やっぱりそういう事でしたか……」
「やっぱりってのは?」
アンリの一言でレイセスも気付いたらしい。そしてどこか申し訳無さそうに昴の左手の辺りを見ながら続ける。
「あの時、スバルの体に魔法を掛けました……でも、あそこまで強く掛かってるだなんて思って無くて……」
「なるほどあれは攻撃力アップの魔法なのか?」
「え……?」
「ああ今のは無視で良いよ。なるほど、つまりレイが思ってたよりも凄くて申し訳ない気持ちになってしまったと」
こくこくと力なく頷くレイセス。そういうものなのだろう。昴には魔法などという力の話は分からないが、倒れてしまった事への責任を感じていたのだ。
「スバルにはまた、ご迷惑を……」
この震えた声は苦手だった。何と言えば良いか分からないが、守ってあげたくなると言えば恰好が付くか。泣かせるのは良くない。
「レイは悪くないと思うぜ? 原因は全部あいつが俺に喧嘩吹っ掛けてきたからだろうし」
「話は聞いてるけど、相当良い勝負したっていうのも噂になってたね」
「うわぁ……そういうの嫌だなぁ……」
ここの世界の住人は血の気が多い気がしている昴。そんな噂が広まってしまった日には――もう手遅れだが――いつまた勝負を仕掛けられるか分からない。あの時はレイセスが居たからどうにかなったものを。
「だから気にすんなよ。と言うかあれが無かったら俺は大変な事になってた」
あのような次元の勝負を繰り広げた事はない。何の援護も無くやっていたら圧倒的な負け方をしていただろう。手酷い負け姿を晒さなかったのも援護のお陰だ。
「ねえレイシアさんに聞きたい事があるんだけど良い?」
泣きそうになっていたレイセスと、それを必死に慰めている昴を交互に見てから、アンリはレイセスの耳元で。
「……二人は恋人同士なの?」
「は、はい!? 先生何を……!?」
「何の話を――」
「スバルは聞かなくて良いです!」
「怒られた……」
元気になってくれたのならそれで良かったのだが、如何せん仲間外れは悲しい気持ちになってしまう。




