「パラレルワールド!?」44
「よーし、そこまでにしようか二人とも。それじゃあここで、今の実技で学んだ事を何人かに発表してもらおうかな」
二人との間に、文字通り割って入り、両手を広げて制止させた教師。即座に動きを止められる彼らも相当凄いが。そこで昴は実感する。自分がどれだけおかしい相手と対峙しようとしているのかを。それはサシャやセルディの時にも感じなかったもの。その時は素手でどうにか切り抜けた。しかし、今この場で超常現象にも似た“力”を見せ付けられてしまうとどうだろう。体力には自信のある昴ですら、脅威にしか感じない。
「勝ち負けっていう同じ土俵の上にすら立ってないのか俺は……?」
レイセスには頼ってくれ、なんていうような事を口にした。だがこれでは何も出来ないのではないかという不安にも狩られる。ちょっと運動が出来る程度ではどうにも――
「そんな訳、ねえさ……」
込み上げて来る恐怖を押し殺し、思考も止める。今はただ、進む事だけを考えようと。
「そろそろ離れないと厄介な事になりそうだ。スバル、行こう」
「ん? 厄介な事?」
「さっきも見ただろうあの変人、次は何をしでかすか、わかったもんじゃない……早く動かないと」
どうやらアイリスはあの教師が嫌いなようだ。確かに空気のように掴み所が分からない人物ではあったが、昴としてはそこまで嫌悪感を抱く程ではなかった。言ってしまえば初対面であるからなのだろうが。ただ、得体の知れない人物であるというのは感じている。
「……アイツ、何度もこっちを見てるし」
昴にはどうしても背中しか見えないのだが、一体アイリスはどの程度の視力を持っているのか、それともまた昴の分からない“力”なのか。ジトッとした目でその男へと視線を投げるアイリス。昴もかなり頑張って目を凝らすと肩を竦めるような、そんな動作が見て取れた。やはり分かっているのか。
「そうだ、ちょっと早いかも知れないけど良い機会だ。紹介しておこう!」
クルリとその場で反転。昴とアイリスの隠れている物陰を指差して、声高らかに宣言した。
「ご存知“炎の魔女”と、その隣に居るのが編入生だ。今日モルフォ君と揉め事を起こしたって聞いてる子達も居るだろうね。いやはや学院側としては、ああいうのは避けて欲しいところだけど……それで、その張本人があそこだよ」
ざわつきはすぐに広がり、多くの目が指差された方向へと誘導される。逃げるべきかそれとも大人しくするべきかの判断は難しかった。だから、とりあえず棒立ち。何やら遠くのほうでは手を振っているのが見えているが、誰なのかはわからない。
「ど、どうするんだ?」
「ふん……別に、逃げてやる必要もないだろ」
「そう、なのか? まあ確かにこうやって顔を覚えてもらうのも悪くは無いのかも?」
言うが、その場からは一歩も動かず腕を組んで仁王立ち。見ている側の生徒たちもそこから近付こうともせず、まるで一線を引いているかのようで。さすがにこの距離では何を話しているのか聞き取ることは出来ないが、小声で、その耳元で何かを囁くように。それはまるで、悪口のようでもある。つまり、良い気分ではない。
「何だってんだ……」
眉を顰める昴を横目に、アイリスは長い髪を靡かせてその光景に背を向ける。そして無言のまま歩き去ろうとすではないか。
「あ、おい」
察するに、きっと彼女の事を言っていたのだろう。だからこそ、この場を離れるという選択。自分はどうするべきか迷っていると、その嫌な空気をまるで気にしていない様子で、やはり力の限りに手を振っている人物が居るらしく、必然と昴の興味はそちらへと誘導される。




