「パラレルワールド!?」42
埃っぽい資料塔を抜け、アイリスの後ろを付いて歩く。校内ではほとんどの教室で授業中があるらしく、廊下に人気はない。教室から物音が漏れてくるが、その程度。昴自身も適当にぶらついたお陰でその感覚は何となく分かっていたが、どうにもこの学院の教室は防音性が高いらしい。
「なあアイリスは授業出なくて良いのか?」
対して二人の歩く廊下では声が響く。一体どのような仕組みになっているかなど見当も付かないが。
「出なくて良い、訳がないだろ? ただアタシはそこまで成績に拘っている訳じゃない。最下位にならない程度にやっておこうという感じだ」
「ああ、そういうな……」
胸を張って言う彼女。別に誇る事ではないと思うのだが、そこは昴にも気持ちが分かる部分もある故に黙っておく。
「それにね? 戦闘学のアタシらにしてみれば紙の試験で決まった成績なんて気にするモノでもないし」
「戦闘学……?」
何やら物騒で不穏な単語が耳に入ってしまったので言葉に出してみた。どう聞いたって物騒な言葉である。ましてやそれを学んでいるとか。歩きながら辺りを見回し、こう告げる。
「この時間なら一科の奴らがやってるはずだから見に行ってみるか?」
「やってるって……何を?」
「決まってるだろ? 実践授業だ」
不適に唇を歪ませ、またもや昴の腕を引っ掴みどこに秘めているのかわからない力で引っ張る。嫌な予感しか感じていなかった昴はもう諦めて従うしかなかった。
*****
授業中に歩く廊下と言うのはどうしてこうも静かで、何故か緊張感があるのか。
きっとほんの少し、微塵程の罪悪感があるからではないだろうかと適当な事を考えつつ――実は言う程緊張感も罪悪感もなかったらしいが――、連れられて辿り着いたのは屋外。
それも緑色の芝生のような草が一面に広がる空間。城に比べればかなり小さめではあるが、全力で運動が出来るスペースであるというのは感じられる。その片隅。物陰に隠れるようにしているのが昴とアイリス。何故堂々としていないのかと言えば。
「教師に見られたら後々面倒だから」
だそうだ。先程は成績云々言っていたが、そこは気にするらしい。
「っと……今日は総合一科との合同だったか……」
視線の先。白を基調とした制服を着こなす複数の生徒。一般の生徒とはどことなく雰囲気が違うのを、何も知らない昴ですら感じ取った。曖昧ながら、言葉にするなら、『上品』や『高貴』などといった輝かしく華々しいものが妥当であろう。
「あれは?」
「言ったろ? 一科の生徒……所謂成績優秀な生徒様たちだよ」
「ふ~ん……」
「その中でも別格は総合一科の連中さ。この学院にある学科全ての授業内容をやってるんだから」
総合。総てを合わせたもの。アイリスの言葉を受け、昴の頭では即座にそう変換された。だから、見る目も変わる。
「そんなに凄いのか……そりゃあ全部なんだもんなぁ……」
弱々しい小さな呟きは突如聞こえてきた鐘の音に打ち消され、誰の耳にも入らなかった。
巡らせた視線の先にいる複数人の生徒の中、昴はある人物を見付ける。それが戦闘学の生徒ではない事は、知らなくても分かる。むしろそうでなければおかしいだろう。
「マジか……いや、でもそうあるべきというか当たり前なのか……?」
「ん? どうした?」
「……ただちょっと思う節があってですね」
視線の先。そこに居たのは、朝、昴と別れ授業へと向かっていった少女。この国の姫様で、少し子供っぽい感じがする少女だ。
「レイは総合学なのか……」
そうレイセスだ。まさかこのような形になるとは思わなかったが、数時間振りの再会である。気付いているのは昴だけなのだが。
「これは見ものだぞスバル。きっと面白いのが見れるはずだ」
身を隠しながら、目元の辺りだけ出して言うアイリス。こちらはこちらで楽しんでいるらしい。凛々しいのか、それとも年相応の少女なのか判断しかねる。しかし、好奇心なら昴も負けてはいなかった。
「面白いなら見ないと損だよな」
同じように頭を出す。勿論見付かる様なヘマはしないようにだ。教師らしき男が何やら喋っているらしい。注意か何かだろうというのは簡単に判断出来る。
それが終わると、二人の男子生徒が前に出た。一人は分かり易い筋骨隆々の大男。もう一人は線が細く、白い制服に黒いマントという出で立ち。
「一位同士だなんて剣闘会ですら見た事ないのに……どういうつもりだ?」
アイリスの怪訝な思いはどこにも届かない。対峙した二人の少年。本当に授業なのかと疑う程の静かな熱気。これから始まるのだと誰もが分かる。