「パラレルワールド!?」41
初めて目に入れたときはこの景色の広大さがこの気持ちを幾らか和らいでくれると思った。しかし、改めて話して、実感する。不安を煽る材料の一つでもある、と。だが昴は、どれだけ不安が襲ってきても逃げようとは考えない。今を受け入れて、少しでも進んでいく他に道が無いのを心のどこかで感じているから。
「それともう一つ、お願いがあるんだけど」
小さな一歩でどうにかなるなら、動かない理由は無い。頼れる者は頼る。
「なんだ?」
「さっきは生徒会長にあんな口利いたけど、やっぱりこの学院の案内役になってくれないか?」
一人でぶらつくと迷子になってまた面倒事に巻き込まれたらどうなるかわからないというのもあるのだが、何しろ彼女は話しやすい。仲良くしておくのに越した事はないだろうという考えだ。そんな意図は知らず、アイリスは笑顔でこう答える。
「別に良いぞ。授業に戻っても退屈なだけだし」
椅子から腰を上げ、長い髪を掻き揚げる。口調は男っぽい部分があるのに、妙に仕種は年相応少女だな、と昴はほんの少し失礼な思考に。しかしそんなアイリスを見ながらこんな事も考えた。
(アイリスって結構男受けするんだろうなぁ……)
こちらもまた、年相応の男子高校生である。正確には今は高校生ではないのかもしれないのだが。身長も高く細身でスタイルも良く、顔立ちまで整っているのだから人気が出ない方がおかしいくらいだ。
「ん、ありがとう。助かるよ」
「いやいや。丁度良い暇潰しと大義名分だ」
「は? 大義? お、おい!」
昴が言葉の意味を理解する前に、アイリスはその腕を強引に掴んで引っ張る。このまま彼女が走り出したら昴はまた恰好の付かない状態になってしまう。それだけは避けたいので踏ん張りが効かなかった。対抗出来ない力で引っ張られる昴は、ふらつきながらも何とか自分の足取りを確保。さすがに階段で転べば怪我もするだろう。
「よし、まずはどこから行こうかスバル?」
「どこって言われてもここの地形すら把握っ、してないぞ……! アイリス階段で引っ張るのは危ないって……」
「おお悪いな。つい楽しくて。それにしてもスバルは案外軽いんだな。ちゃんと食ってるか?」
どうにか解放してもらい自由の身だ。それとなく自分が軽いとかいう発言が耳に入ったので昴はここ最近の食事をざっと思い出した。そう言えばまともな食事をしたのは今日の朝が最後で、その前は牢屋飯だったなと。
「あー……数日の心労で痩せたかもしれない」
「? まあこの学院の入学もバカにならない気苦労だからな。仕方ないよ」
「あはは……それに昼も食ってないぞ。あんな事が起こってるんだからなー」
そうなのだ。散々歩き回って辿り着いたは良かったが、そこから体を動かす羽目になってしまったのだ。腹は悲鳴を上げてしまいそうである。
「すっかり忘れていたよ。それなら……」
階段の途中、前を歩くアイリスは言いながら立ち止まって制服を漁っている。その度にスカートに深く入ったスリットが動いて太ももが晒されるのは非常に気になってしまうが、昴は律儀に視線を逸らしておく。
「これ、やるよ」
取り出されたのは白い紙袋。掌にすっぽり収まるサイズだ。受け取り、微かに周囲を照らしている光で中を透かすが、見る事は出来なかった。
「食べ物? 開けて良いのか?」
無言でコクコクと頷くので、言われたとおりに紙袋を裂く。すると中身は――
(やべぇわからねえ……飴か何かなのかな?)
――色とりどりで丸い固形物。飴にしてはごつごつしているが。
「……とりあえずいただきます」
紙袋から一つ、赤い球体を取り出し、口に運ぶ。その様子を渡した本人は真剣な眼差しで見詰めている。
「お、甘い」
飴だと予想していたが、昴の世界で表すとするならチョコレートに近いような感じだ。舌に乗せるとゆっくり溶け、口の中に甘過ぎない味が残る。
「ど、どうだ美味いか……?」
「ああ! 数は少ないけど、甘味は空腹を紛らわすからな! 助かった!」
また色の違うのを取り出して口の中へ放り込む。どうやら昴はこれを気に入ったようだ。
「そうか……!」
嬉々としているのは昴だけではなく、アイリスも同様。その顔を見られたくなかったからか、髪を靡かせながら振り返り、言葉を投げる。
「じゃあ、腹も満たせたら早速行こう。しっかり案内してやるよ」
足取り軽やかに二人は階段を下りていく。