「パラレルワールド!?」32
場所は確保された。騎士達が訓練していた辺りをわざわざ退いて貰い、サッカーのコートとまでは言わないがそれに似たような長方形の戦場――仕切りは地面を削り即興で作られた――を用意。二人分にしては些か広すぎる気がしないでもない。
「っと……意外と軽くて動き易い、かな」
その中央、昴は部分的に借り物の装甲を身に付けてストレッチ。その装甲は、まず胸部を保護する物、手首から肘まである物、同じように足首から膝までの物の三つ。見た目鉄で出来ているようだが、重さはほとんど感じず、窮屈さは無い。そして武器である両拳にはオープンフィンガーグローブに似た、革製と思われる手袋。臭いはしない。
「うん。多分大丈夫だ」
腕を伸ばしたり腰を捻ったりしながら動きを確認。どうやら不備は見当たらないみたいだ。
対するサシャは軽く装甲の位置を調整したりするだけで余裕が見られる。さすがは最年少の騎士、なのだろうか。
「で、サシャ……君? これって決着はどうするんだ?」
レイセスやヴァルゼはそこそこ離れた位置で観戦予定らしいので、目の前に毅然と立つ少年に質問を投げる。
「今回の場合は対戦相手の武装解除です」
淡々とした答えが返って来た訳だが、いまいちわからない。腕を組み、首を傾げつつもう一度。
「武装……解除? それってさ……脱がすの?」
「へっ!?」
今までの騎士然とした凛々しいサシャが見事に赤面。昴としては本当に理解が出来なかったので質問したのだが、どうやら彼には刺激が強かったらしい。
「そ、そんな姫様や団長様の御前ではしたない……!」
まるで今にでも殴りかかってきそうな勢いで迫って来る。先程の姿とは違う明らかに素の表情を出した様子に昴の意地悪な心が働き出す。
「俺は、この装甲とやらの話をしていた訳で……サシャ君は一体どんな深読みしたんだ?」
ニヤニヤと悪そうな笑みを湛えながら自分の装備している物を叩いてやると、真っ赤になった顔を元に戻し、俯きがちにこう告げた。
「……姫様のアイギアである、という事を耳にしたのでどういう対応をすれば悩んでいましたが……これで決めました」
すっと息を吸い込み、澄んだ高い声に怒気を乗せて吐き出す。
「ボクの持てる全力でモロボシ様を倒します……!」
「あれ? あはは、地雷踏んだっぽい? 難しい問題だったなあ」
ピリピリとした空気を撒き散らす予想外の展開に昴は笑うしかなかった。
「……ですが少々、微塵程に可哀想なので説明だけはさせて頂きます。無知の相手を倒すのは騎士精神に反しますから」
「もしかして俺の事嫌いになったの?」
「……」
たった数回の言葉のキャッチボールで、まさか嫌われてしまうとは思わなかった。ただ空気がガラリと変わったせいか、少しだけ話しやすくなったように感じる。
「武装解除とはこの装甲の破壊です。良いですか? 装甲の、破壊、です」
「大丈夫。そこまでバカじゃねえよ?」
「破壊の仕方は、ある一定以上の衝撃もしくは攻撃の蓄積です」
「……なるほどね」
どういう仕組みかはわからないが、この装甲には見えない耐久値のような物が存在しているらしい。
「一撃でぶっ壊すか集中的に壊すかか。単純なので助かったぜ」
「……理解出来ましたか。では、さっさと始めましょう」
そう言ってサシャはヴァルゼの居る方に向かって手を挙げた。きっと準備完了の合図なのだろう。それに倣って昴も右手を挙げる。すると何やらヴァルゼが立ち上がり近くに居た騎士に指示。
「あぁ。ゴングみたいなね」
すると、轟音が鳴り響く。遠くからでも体で感じる音圧。鳴らされたのだ。開始の鐘が。
「覚悟は良いですね?」
「……いつでも、な!」
そして昴の異世界での初の運動兼、サシャの初模擬戦の火蓋が切って落とされたのだ。




