「パラレルワールド!?」02
「あーねむ……ああいう静かなとこは性に合わねえなぁ……」
商店街の喧騒が心地良く感じられる。凝り固まってしまったような感覚のある首を回しながら歩いていく。向かう先は自宅だ。
昴の家は、この商店街を真っ直ぐ突っ切るよりも裏道を通っていった方が断然速い。ただ暗がりになってしまう、というのが一つ問題としてある。
「……今日は喧嘩なんてバカやってる大人気ない連中は居ないよなー? 居ないといいなー」
裏道へ入ると、大抵ろくでもない連中に絡まれるのだ。家まで後少しというところで邪魔をされる。意図して巻き込まれている訳ではないのだが。
「――――すっとぼけてんじゃねえぞクソガキがァ!!」
「ウチの縄張りに入ったのはテメェんとこのそれだろうがよぉ! 因縁つけてんじゃねえぞボケェ゛!」
とても残念な事に予想は的中。引き返してしまえば見なかった事に出来るだろうか。
非常に言葉の汚い喧騒の中心にはオールバックの強面で黒い服装の人々が立ち塞がるように体を揺らしたり地面を蹴ったり、その奥には――
「あぁ? 女奪われた腹いせに全面戦争仕掛けようってか」
「ギャッハハハ! そりゃあいいっすネぇ兄貴ぃ! ついでにこのバカ共も消しちゃえば万事解決じゃないっすか?」
対する白服軍団。一言で片付けるなら、明らかに色で浮いている奴が三人は居るから真っ白という訳でもない。
誰が見ても分かりやすい争いだった。白服軍団の後ろには囲まれるようにしてへたり込んでいる女の子。
「……見逃す訳にもいかねえよな――」
鋭く息を吐く。ここで逃げるのは後味が悪い。ならばどうするか。考えるまでもないだろう。
「っしゃお前ら、行くぞゴラアアァ――!」
「やっちまうぞ……さっさとケリ着けてこの女をッ――」
白服軍団の兄貴と呼ばれた男は、言葉が途切れた。威勢が良過ぎて声が出せなかったという訳ではない。
露骨な。そして、無骨な、妨害だ。
「あんたらさ、迷惑なんだよ。いつもいつも俺の家の近くで……別に俺だけなら良いぜ? こういう風に他人を巻き込むヤツって俺、大っ嫌いなんだけど?」
白服軍団の兄貴の目の前に立っていたのは、拳を突き出した昴。 一体何が起きたのかと目を瞬かせる両軍勢。それらの視線に挟まれながらも臆する事なく、ビリビリと怒りのオーラを溢れ出させているではないか。
「毎夜毎夜飽きもしないで騒ぎやがってさ……いい加減に恥を知れ! おい聞いてんのか!」
制服のネクタイを外し、カバンに突っ込む。臨戦態勢だ。
(まずは女の子側の白いのを片付ける……それから、あっちに――)
語勢は強くても思考は冷静に。拳には熱を滾らせながら。
「ん……柳一高の制服? 進学校のお坊ちゃんじゃねえか。そんなとこの頭でっかちがオレらの相手になるとでっ――」
喋っていた男の顎を容赦なく殴り飛ばす。男は防御をするタイミングすら見付けられず思い切り壁に叩き付けられ、意識を失う。喧嘩に顔を狙うななどというルールは必要無い。それが昴のルールだ。
「ッ――――生憎と、あんまり成績は良くない方だ。去年は最高で学年二十位かな……上がり幅も下がり幅もデカいんだけど。俺の一番の友達は学年三位だけど、な!」
吹っ切れて雪崩れのように襲いかかってくる男たちを軽くいなしながら、確実に相手がダウンする箇所を叩く。顎は基本で、鼻や腹部も積極的に狙う。蹴りが来れば膝を潰し、掴み掛かってくるならば髪を掴んで投げ飛ばす。
「ちなみにそいつもなかなか強いぜ。俺が負けたくらいだから……性格は暗いけど良いヤツだ」
バタバタと面白いほどに倒れていく男たち。昴はあまり動かずにそれらに対応していたのだ。並々ならぬ運動神経と思考力。
「さあて……残りはあんたらだけだな。どうするんだ? このままここで俺が倒すも良し。尻尾巻いて逃げ出すも良し。あ、その場合はこいつらを持ち帰ってくれよ」
「クソッ! 兄貴が万全の状態ならお前なんか……!」
「はいはい。気を付けて帰れよー」
適当にあしらってやると、残った――否、残した数名は結局逃げ出した。妥当な判断だろう。このままやっていても負けは目に見えていたのだから、なかなか判断の出来る子分だ。
「はぁ……もう一つ、問題が残ってたな……」
残っている問題、巻き込まれてしまった少女だ。あまりに衝撃的な出来事だったのか、地面にへたり込んだまま、今にも泣きそうな表情をしている。
「ぁ――」
昴は、不覚にもその少女に見惚れてしまった。
白いワンピースに、暗い路地でも映える美しく長い金色の髪、そして何より印象的な蒼い瞳は涙で潤み、薄い桃色の唇は恐怖を感じているのか小刻みに震えている。
「そんな場合じゃねえな……君、大丈夫?ここら辺に住んでるの?」
「――――?」
(アレ!? いやまあ日本人には見えなかったけど……マジで外国の人かよ……しかも英語じゃない……やべえ……)
涙を溜め、上目遣いでこちらを窺う少女に、昴はとても慌てている。無理も無い。昴が知っているのは日本語と英語だけであって、それ以外の言葉への耐性は全く無いのだから。
「どうしたもんかなぁ……この状態じゃ絶対に家族なんて捜しようがないしなあ。警察は警察で俺がめんどい事になりそうだし……とりあえず、今俺に出来る事は――」
泣いている少女の目の前に優しく右手を差し出す。汚れてはいるが助けられないよりはマシである。
「――助けるって事だけだ」
たとえ言葉は通じなくとも、困っている人を放っておけないのが昴の性格なのだ。少女もその意味を感じ取ってくれたのか、昴の手を握って立ち上がる。随分と華奢な手だった。