「炎の魔女は働き者!」21
学院の戦闘学にて一番最初に教わる事。武器の扱いでもなければ魔術の使役による戦闘技法でもない。
まず一番初めに伝えられるのは、自分の身体の扱い方だ。柔軟性、筋力だけでなく、視力や聴力などといった己の肉体の限界そのものを理解する事だ。
腕はどこまで届くからこの程度の力加減で振り切れば防具を付けていない状態でも、魔力による強化を行っていなくても、自身への跳ね返りは少なく相手にはかなりの衝撃を与える事が出来る。などといった理屈を理解しつつそれを再現するのだ。伊達や酔狂で“学”の名を冠している訳ではないのだ。
「ふんっっ!! ぬっううぅうん!! い゛ぃいぃいやあ゛あ゛あ゛ッ!!」
グラッドの剣捌きは見た目と掛け声通りの豪快さ。一発一発に込められた全身全霊は地面を砕き、木の幹をも削り取る。それ程手入れのされていない剣はすっかり鈍器と化しているようにも感じられた。
風を切る、というよりも風ごと潰すという表現が正しいだろうか。
(まあ基本はそれなりに出来てはいるんだろうけど)
無論、それは当たれば、の話。ただ闇雲に振り回すだけではアイリスに傷一つ付ける事は不可能だと断言出来る。その理由が目の前の状況だ。
「くっそちょこまかとぉおおお!!」
相手の目から読み取れる情報も戦闘学では重要視される項目だ。手練になってくれば、それこそ脇目も振らず一心不乱に集中する事が可能となるが、その域に達していない者たちはその両目に自身の内面を映し出してしまう。感情はおろか、思考まで。
故に低級兵士等は面付の兜を被る事で目線を隠し、相手に悟られないようにしているのだとか。勿論防具としての役割もあるのだが。
「正直に言うよ」
長いスカートをはためかせつつ巨体から繰り出される猛攻を凌ぐ様はまるで舞っているかのよう。そう、アイリスからしてみれば“その程度”なのだ。腕力だけで押し通るなど、舐めているとしか言いようが無い。
――では、こうしてくれようか。
「……!? お、俺の剣を素手で受け止め……!? 離せ!! このっこの!」
右手。漆黒の手袋を装着したアイリスの手は、グラッドの剣を捉えている。微かに残った刃に切り裂かれてしまいそうなものだが、その様子は無かった。
掴まれた側のグラッドはと言えば。素直に手を離せば解決する問題なのだが、それに気付いていないのか必死に引き抜こうとしているではないか。
だがアイリスは腕どころか指すら動じている気配も無い。まるでこの程度造作も無いと言わんばかりに涼しい顔で。
「せめて剣は手入れした方がいい。これだけ脂だらけだと獣を殺すのが精一杯だろう」
「は、はぁ……? なんの話を……」
「それから――」
握る剣に力を込める。右腕に感じる熱量。身体の内側から燃え上がるような感覚。
「――相手を見掛けで判断するのはやめる事だ」
能力開放。アイリスの本領だ。魔力に頼らない発火現象。その高温は瞬時に剣をどろどろの鉄くずに変えてしまう程。当然そんな物を握っていた持ち主は――
「あっ……ッッッ!! おまっなんだそりゃ……!!!! 滅茶苦茶だ……! お、弟! 早く起きろ!! 退散だ……! い、いや撤退、撤退!!」
――泡を食ったように尻尾を巻いて逃げてしまうのだ。しかしアイリスも鬼ではない。逃げてしまうのなら、追う必要はないだろうし、金にならない相手との無駄な戦闘は学院側からのお咎めすらあるのだから。
「……こんなやっすい金属片だとさすがに買い取ってくれないよね……」
赤熱した、剣だった物を足で小突き、愚痴を溢す。やはり、彼女からしてみると“その程度”なのである。
「あーあ……結局探索する時間無くなっちゃった……次の集会の時間だけ聞いて帰ろ」
無駄な時間を過ごしてしまった、アイリスに残った感覚はそれだけだ。
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