「炎の魔女は働き者!」20
「おっしゃあ兄貴、俺から行って来るぜ! オオオオォォオ!!」
弟・ダルモンの得物は片刃の直剣だ。手入れが雑なのか、ところどころに錆が浮いてしまっているが、鈍器としての性能はあるだろう。
巨体を前方に傾けるとその重みを生かして太い両足を回転させる。野獣のような雄叫びを挙げながら迫って来る姿はまるで重戦車――この世界でいうところの戦車はまた別の代物となるのだが、それは割愛――。
足が動く度に地面を揺らしているかのような威圧感。魔力のようなものは感じ取れないが、並大抵の人間であれば足が竦んでしまう事だろう。
「……面倒だ」
しかしこの程度で動じてしまうような人間であれば、このような場には現れないだろう。特にアイリスのような人間は。
雄叫びと同時に漏れ出る呼気はそれこそ魔物じみた見た目である。ならばどう動くか。
――――恐らく、単調な縦振りだろう。勢いを付けて向かって来てはいるが、斬り掛かる寸前にはある程度の減速が必要のはず。回避は容易だ。
――――視線を逸らす。後方に立つ兄・グラッドは動く気配が無い。腕を組み、弟の動きを見てうんうんと頷いているではないか。満足出来る行動だったのだろう。アイリスには到底解らない事ではあったが。
すると、一対一。
「……獲った!!」
思案していると既に眼前にはダルモンの姿が。案の定減速、停止からの斬り掛かりだ。
風に煽られて鼻に届くのは獣臭さ。彼らの纏っている鎧からか。臭いに敏感な生物であればこれだけで気付かれてしまうはずだが、そこまでは気にしていないのだろうか。
「まぁそんなのはアタシの知った事じゃないんだけど」
迫る剣。ダルモンの顔には獲物を獲ったかのような笑顔は浮かんでいる。それは少し、気に障った。
攻撃する必要性は感じなかったのだが、この思考は改めてしまおう。防衛戦ならば多少手を出しても大目に見て貰えるか。
強化の魔術も必要無い。この程度の高さであるなら、飛び越えられる。
振り下ろされる剣を避け、軽やかに峰側に飛び移り、ついでとばかりに踏み付けて跳躍。
飛び越えながら空中で身を翻し、ダルモンの襟首を掴んで力の限りに投げ飛ばす――――。
「姿が消え……? あ……れ……!?」
彼の視界にはこう映っただろう。突如としてアイリスの姿が掻き消え、それから程なくして視界が反転。遅れて気付けば背中から尻に掛けて尋常でない痛みが襲って来る。
「ふう……結構重かった……」
「お、弟……!!」
投げ転がされた際に頭を打ったのか、目玉がぐるぐると忙しなく動き回っているではないか。不気味だが、これで一人戦闘不能だ。魔力も使わず片手のみ。
「く、くそ……舐めて掛かっちまったか? いや、たまたま相性が悪かっただけだ! 猫みたいな動きしやがって……だが、次は俺だ。弟のように力だけの男じゃあねえ!!」
「……諦めて帰ってくれるかと思ったのに」
ほんの少しだけ乱れてしまった長い髪を掻き上げ、心底面倒臭そうに顔を顰めるアイリス。結果は見えているのだろうが、それでも降り掛かる火の粉は払っておかねばなるまい。