「炎の魔女は働き者!」10
開け放たれた扉、まず視界に飛び込んで来たのは見た目ランダムに配置されたテーブルと椅子。日の光だけを取り込んでいるだけなのか、少し薄暗い。
次に印象的だったのは鼻腔に届く香ばしい匂い。それに微かに混ざっているのは何か、甘ったるい化粧品のような。
(あぁデパートの匂いだ……)
昴にはそう感じたようだ。確かに入り口近くには化粧品店が列挙しているが、あれには相応の理由がある。その話はここでは必要ないかもしれないが。
「ねえアイリス……その呼び方、どうにかならないの? それと人連れてくるなら先に連絡してって……」
「すみません。さっき唐突に思いついたんです。でも連れて来いって言ってましたよね? ならアタシ悪くないですよね?」
部屋の奥、大小様々色とりどりの瓶が並べられたカウンター席。そこに座っているのは女性だ。その指の間から漏れているのは煙、だろうか。
「……あーそう言えばそんな話もしたっけ……とりあえず入りなさいな。何飲む? お茶とミルクくらいしかないけど……あれお茶しかない……またあの子は勝手に」
女性に促されて恐る恐る踏み込んでみる。窓は横にも複数あるが、立地が悪いのかそれ程まで明るくない部屋内。床は年季が入っているのか歩く度に軋む箇所も。
しかしアイリスはそのような事は気にしていないようで、颯爽とカウンターへ。複数個並べられた椅子を自分、それから昴とレイセスの分も引いてから腰掛ける。小さな気遣いだ。
「はい、お茶ね」
「ありがとうございます!」
「? アタシの分が無いんですけど、気のせいですかね」
「給料から引くけど良い?」
「……水でお願いします」
「冗談よ」
そんなやり取りをしながらコップになみなみ注がれた茶を出す女性。ゆるくウェーブの掛かったブラウンの髪に同色の瞳。目鼻立ちもはっきりしており、どちらかと言えばクールな印象を与える女性だ。
スーツなどを身に纏っていれば仕事のデキる女、といった感じなのだろうが、彼女の服装はそれとは正反対。クタクタになった、ワンピース型の衣服。スナックに居そう、とは昴の勝手な思い込み。
「君だね?」
つい観察を開始していると、ふと真正面から気怠げな声が投げられた。
「何がですか?」
「この前うちの店員を勝手に借りていったっていう」
「あー……たぶん、はい。そうですねその節はどうもでした」
ブラウンの瞳がじっと昴を射抜く。言われもない威圧感。目を逸らすのは簡単だが、それをするのは許されないような不思議な感覚。しかし怒りを含んでいるようには思えない。
これは、そう。
「ふーん……まあ悪くないかな」
「姐さん……?」
「ねえ。君、ちょっとここで働いて欲しいんだけど」
「働く……ここで?」
唐突な、申し出。あくまでも昴にとっての唐突であって、彼女にとってはそうではない。
先程感じたのはこれだ、何かを企んでいるような。そんな瞳だった。