「炎の魔女は働き者!」09
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いつもの如く外出申請は後出しだが、ケンディッツも慣れてしまったのか小言はあるが止めようとはしなかった。止めても無駄だと分かっているのだろう。
そして味を占めたらしい余裕の昴は、こう思っていた。
「俺、字上手くなってるよなーさすがだぜ」
こちらの文字で書く自分の名前。見た目はあまり好みではないのだが、それでも大分書き慣れてきたところだ。最初の頃のような不安定で恐る恐る書いていた自分とは違う。自分の名前だけは百点と言って良いだろう。
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「着いた着いた……んっー腰が痛い……」
今回も馬車だったのだが、アイリスが手綱を握る訳ではなく、知らないおじさんの運転だった。どうやら学院の近くで待機している送迎マンらしい。要はタクシーみたいなもの。
その道のプロ故にこの商売をしていたのだろうが、どうも運転が荒かった。凸凹した道は平気で通るし、スピードは出す。正直に言うと、酷かった。
「速くて良いんだけどさ。アタシもあんまり使いたくはないんだよ? でも安いし仕方ない」
「た、確かにこの前よりは速かった気がします……」
腰の辺りを擦るように歩くレイセス。恐らく初めての経験だったはず。乗っている間は終始口を噤んで青ざめた表情をしていたような気がしないでもない。
「さて着いてしまった……ロクでもない事言われそうだけど耐えて……」
それから歩いて数分、大通りと広間に面した建物の前で足を止めて呟くアイリス。その目はどこか諦めと憐れみを湛えているような。
とりあえず昴も彼女の目線の先にある建物を見上げてみる。木造で、三角屋根。二階建てなのだろうか、一階部分には窓が二つで二階には三つ。中央に扉があり、その上には長方形の看板だ。
この世界の店舗は随分と分かり易く、店構えはほとんど一緒で大きな看板を掲げており、違いを出すとしたら壁の色だったり大きさだったり、更には看板に描かれた絵で判断出来てしまう。
露店はこの限りではないようだが。
「ええっとここは……飲食店、でしょうか?」
「まあそんなとこ。この時間はやってないけど。それじゃあ行くよ」
「……読めん」
レイセスが飲食店だと言うが、どうも昴には読めなかったらしい。しかし解読するのには時間が足りないようだ。
アイリスが扉に手を掛ける。年季の入った扉だ。いかにも誰かが使っているようで、取っ手がすっかり擦れてしまっている。その他に情報は、と諦めずに探す昴。
「姐さーんこの前言ってた人連れてきたんですけどー」