「炎の魔女は働き者!」08
誰だろう、と紙束の隙間から顔を覗かせると、切れ長の目が見えた。
「あれ……スバル? っとレイシア……さん」
「あ、アイリスさん! お久し振りです!」
先に気が付いたのは向こう、アイリスだ。大量の紙に埋もれていながらも取り落としそうになる事もなく、かなり安定している。
「おはよ。……なあそれ全部、依頼?」
「そうだけど」
「一人でやるんですか?」
「え、普通でしょ。その魔物駆除、上に置いてくれる?」
二人が驚きを隠せず瞬きを繰り返しているのに対し、当のアイリスはさも当然であるかのように昴に依頼書を剥がさせるではないか。
「これで三ヶ月分は稼げる……かな」
「お、おぉ……」
「……なんで驚いてるの。おばさん今回はこれで」
たじろいでいる二人は気にせず、紙束をカウンターへと提出。すると溜め息と共に、引き出しから判子と眼鏡を取り出して椅子に向かう女性。
「またこんなに……」
「いいでしょ別に。暇なんだから」
「ふぅ……授業は……言っても聞かないかね……」
どうやら常連らしいアイリス。女性が無言で判子を押していくのを見届ける間もなく昴たちの方へと向き直る。
「二人も仕事探し? ……金には困って無さそうなのに」
静電気か何かで浮き上がった長い髪を手櫛で整えながら声を投げた。少し棘のあるような言い方だったような気もするが。
「そんな感じ。何か良いのがあればやってみようかなって」
「私も興味があったので!」
「ふぅん……ああ、ちょうどいいかな。ついでだし。ねぇスバル」
「?」
ふと、思い出した事があった。昴に対して言わなくてはならない事。
しかし、昴には心当たりが無かった。だからきょとんとして首を傾げてしまう。
「この前仕事休ませた埋め合わせ、なんか考えてない?」
腕を組み、少し仏頂面をしながらそんな事を問うアイリス。
「この前の?」
「埋め合わせ? ……んんー……あっ! ごめんすっかり忘れてたわ! 事件のアレだよな! そういやそんなのあったな……どうしよ」
すっかり失念していた。心当たりが無い、とまで思ってしまった事は心の中で謝っておくとして、先の事件でアイリスを長時間付き合わせてしまった事への埋め合わせを。
しかし、どうしたものだろう。これと言って女子を喜ばせるものは思い付かない。
「いや、アタシ自身は正直どうとも思ってないんだけど……少しは気にしてたけど? じゃなくて……ちょっと付き合って欲しいんだよね」
だがアイリスの求めているものは物品での見返りなどではないらしい。それはそれで助かるが、彼女の顔を見ると不敵に笑んでいる故、あまり良い予感はしない。
「んー……拒否権はないよなあ」
「とーぜん。それじゃあ今日この後時間ある? あるよね。じゃあこの申請書が出来上がるまで少し待って」
昴の返答など待たず、決定事項として処理されてしまったようだ。これには昴も苦笑い。何も無ければ良いのだが、と思っていると横からレイセスの声。
「えっと、じゃあお仕事探しは一旦終了なんでしょうか」
「そう、なりそうだな……また来ればいいよ。場所もわかったし」
「そうですね! ではアイリスさん、お話、しましょう! この前は中途半端でしたし!」
「えっ……いや、その……」
これは好機と見たレイセス。憧れていると話していたアイリスに猛アタックを開始。逃げ場の無いアイリスはただうろたえるばかりだ。
「アイリスってほんとにレイに弱いよなー」
助けを求める視線が来ているが、無視である。
こちらは見ていると面白いから、という理由だ。
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