「炎の魔女は働き者!」05
「あっちー……春だもんなぁ……初夏って感じするけど。季節ってどうなんだっけ」
待つ事十数分。陽射しによって昴の背中がチリチリと熱くなってきた頃だった。右手方向で重たい金属の擦れ合う音。門扉が開かれた合図だ。
「すみません! お待たせしました!」
半開きとなった門扉からすり抜けるように姿を現したのはレイセスである。急に呼び出したというのに相変わらず服装にも乱れが無かったりするのはさすがだ。彼女からしてみれば当然なのかもしれないが。
会釈すると、大きな瞳で昴を捉える。
「ええと、今日はどうしたんでしょうか?」
自分が呼ばれた理由について心当たりは無いらしく、聞きながら小首を傾げて見せるレイセス。
仕草が小動物のようで可愛いなと直球的な感想を抱いてしまう昴であったが、邪念を振り払うように頭を回してから返答を開始。
「ちょっと聞きたい事があってさ。率直に言うと銀行について? 口座とかそんな感じの。俺が使っても良いお金はあるんだろうかって」
「お金、ですか……」
人差し指を顎に当て、ほんの少し上に目線を送る。自分の記憶にそれらしいものがあるのか探っているのだろう。こういう時は急かさずに見守るのが一番である。勿論、相手次第だ。
「もしかして足りないんでしょうか?」
「んー……足りない、とも言えないような微妙なとこ。そもそも俺が好き勝手使っても大丈夫なのかってのもあるんだけどな」
恐らく食事に困るという事はないのだろうが、やはり人の金を使っているというのは気分がすこぶるよろしくないのが昴。しかしこうしていなければここで生活していくのには少々心許無い。この二つの感情がせめぎ合っている。
「せっかく聞きに来てくれて私としては凄く嬉しいんですけど……」
ふと、急に弱気になってしまったレイセス。どうやら何か事情がありそうだ。
「なんか言われてたりする? 俺にはこのくらいしか使っちゃいけない、みたいの」
可能性は無きにしも非ずだろう。昴は確かにレイセスの“アイギア”という体で支援を受けている。
しかし決めるのは城内に居るお偉いさんの誰かだ。その人物が昴を良く思っていないのだとしたら、金の実権を握っているのだとしたら。
「い、いえ! とんでもないです! そんな事ではないですよ!」
そんな昴のネガティブ思考は即座に撤回される。ぶんぶんと大きく腕を振り回すレイセスに小さく微笑みながら安堵の溜め息。
「そうなの? それは良かった。じゃあ、なんで?」
「じ、実はですね? あの、笑ったりしないでくださいね?」
念を押すレイセス。深い事情があるようにも思えたが、笑うなという文言が非常に気になるところ。
「私、自分の銀行口座というものを見た事がないんです……!」