「炎の魔女は働き者!」04
軽快に飛び出した昴が今度こそ向かうべき場所は女子寮である。当然ながら昴も外観でしか知らない場所だ。
「ほんと要塞っていうかなんというか……さすがに忍び込もうなんて思わないわなぁ……でもここの連中なら出来るのかと思うとぞっとするぜ」
男子であればそのような危険を顧みずに行動する事も多々あるだろう。頭をフル回転させ、全神経を集中研ぎ澄まし、最良の結果を得たい、と。しかしここまで厳重な状態を見せ付けられてしまえばたとえ全身思春期の少年たちであっても引き返してしまうはず。昴の世界では。
その不可能じみた状況を打破してしまいかねないのが、ここの生徒である。恐ろしい話だ。やっているかどうかは別として。
「そもそもそんな考えに至らないのか? まあいいや……着いたけどどうしよ」
邪念を適当に投げ捨てて、女子寮外壁前で立ち止まる。当たり前であるが出入り口はあるし、窓も見えていた。だが門は閉じたまま。守衛が居たりする訳でもない。
「ケータイ欲しい……不便だよなぁこういうとこ」
自分の世界であればこんな時にもすぐに相手を呼び出せてしまうのに、と嘆いてみるも現実は非情。今の昴には連絡手段など無く、ただ門の前で立ち尽くすのみ。かと言ってここで引き返すのは癪。ならば打って出るのみ。
「すんませーん」
とりあえず、門を軽く叩いてみた。冷たく硬いレスポンス。これ以上強く叩くとどこかに連れ去られてしまうのではないかと警戒しつつ。事情の分からない所ではなるべく慎重に動いておこうというのが最近の昴である。
「おーい誰か居ないんすかー」
叩き方を変更してみよう。ノックするように拳を当てていたが、それでは中にまで届いていないのだろうか。確かに自分の周りだけに音が響いているようだ。で、あればどうするか。
――連打。掌で楽器を奏でるかのようにリズムに乗って。どこかで耳にした事のあるようなフレーズを再現してみるが。
「あれこれさっきより弱くね? んー……残るは……」
即座に弱さに気付いてしまう。そして残された方法を探ると、危ないんだろうな、というものが浮かんでしまった。半歩下がる。気付いて貰えないのならば、やるしかないだろう。
「蹴飛ばして――」
左足を軸にしつつ右足を持ち上げる。ここまで来てしまえば答えは簡単。この重厚な門扉を蹴るのだ。この足で。盛大に音を響かせてやるのだという気概を込めて。
しかし。
「どちら様でしょうか?」
「っととと……! あっぶねえ……」
後は体重を乗せて打ち込むだけだったのだが、その行動は止められてしまう。ほんの少しだけ開いた門から顔を覗かせたのは女性だった。制服を纏っていないという事はここの職員か何かだろうか。
よろめく昴に怪訝そうな瞳を向けている。取り繕うように体勢を直すと、猫被りモードを発動。
「あーすみません。総合一科の諸星って言うんですけど、レイセ――レイシアさん居ます? ちょっと聞きたい事がありまして」
職員室に入る時以上に優しい作り笑顔を貼り付けて問いかけると、女性は少し悩む様子で答えてくれた。
「……わかりました。少々お待ち下さい」
「っす」
軽く会釈すると再び門扉が閉じられる。どうやらアポイントが取れそうだ。
「……そういやこれどうやって開けてたんだろ」
先程の女性が一人で開けていたのだろうか。この巨大な門を。レイセスに会えたら聞いてみよう、と心に誓う昴であった。