「炎の魔女は働き者!」02
階段を駆け下りる。今日はいつになく体が軽く、調子も良い。
(試験もギリギリ……まあ……正直なところ全部通ってる気がしないんだけど。ほとんど温情でクリアした事になったし当面は大人しく過ごしたいな)
昴の思っている通りだ。あの人形襲撃事件の解決以降――命名は当然昴――延期されていた試験は即座に実行された。今出来る範囲内では頑張ってみたが、やはりどうしてもぶつかってくる壁、壁、壁の山。文化やら言葉やら魔法。
終わったな、と捨て台詞を吐いた程。それ程までに出来ていないはずだったが、だと言うのに。
蓋を開けてみればなんと、合格点内の――最下位。順位はどうでも良いのであるが、合格点に達しているのは明らかにおかしい。
当然これでは体裁も保てていないのかもしれないが、レイセスも喜んでくれていたのでヨシとした。すべきではないのだろうけれども。
――彼の知らないところで行われていたのは会議であった。
各学科の教師陣と、それから学院長。話されていたのは当然先の事件での昴の活躍と、試験の結果の関係。賞賛されるには値しないが、仕方が無いので、と渋々と全教科で合格点にしていたのだ。
「っはよざあーす。出掛けるですよー」
そんな事は薄々気付いているが考えないようにしている昴は、適当な挨拶を寮の受付に投げ付けてやった。慣れたように手を振る職員の姿を見届けると玄関へ体を向ける。
「あー待てモロボシ」
「うん? 呼びました?」
しかしその行動は気怠そうな声に引き止められてしまった。再び小窓から顔を覗かせると、いつも以上に疲れた顔をしたケンディッツがこちらに歩いてくる。その手には何やら四角い物。
「お前に届けもんだってよ。工房って事は武具か」
「んー……?」
「なんだよこれお前のじゃねえのか? 名前書いてあんだけど」
「あ! 思い出した! あれだあれ」
小包に殴り書きされていたのは『工房マギルキュゼント』の文字と昴の名前。先日――半ば無理矢理――作って貰った例のアレである。すっかり頭から抜けていたのだろう。ケンディッツからそれを受け取ると嬉しそうに包みを叩く。
「……その大きさだと剣でもないな。手甲か軽鎧か」
「もしや見たいです?」
「見たいのはお前だろ……」
「まっそうなんすけどねぇ」
ビリビリと包装を破る昴の目は妙にきらきらしているではないか。一体どのような仕上がりになっているか、楽しみで仕方が無いらしい。元の世界でも通販利用時はこのようなテンションだったのだろうか。
茶色い包みの中から現われるのは――
「おぉ……軽い……これが……」
――鏡のように磨かれた銀色の手甲、第二関節から前腕を覆う物が二つ。それから胸と背中を守る小さな鎧。
「ほぉ……相変わらず良い仕事だなあのおっさんは」
ひょいと手甲を一つ奪って見せるケンディッツ。裏面を見たり叩いたりしながら品定め。彼の目から見てもなかなかの上物なのだろうか。
「返してくださいよー俺のですよー」
「わかってるよ。しっかし今時そんな骨董品なんて珍しいな」
「骨董品って……ぴっかぴかの新品っすよ? 見てくださいよこの輝き!」
「やめろ眩しい」
太陽光を反射させてケンディッツを攻撃。これは相当に浮かれているようだ。
「あれでも……」
骨董品、という言葉が引っ掛かった。昴の記憶には、この世界でこれと似たような物が残っている気がしたのだ。首を傾げ、その記憶を掘り起こすと……見付けた。
「ケンさんも使ってませんでしたっけ、このグローブ……篭手? 手甲? うーんカッコイイ名前欲しいな……」