「人形の誇り」75
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「よくわかんねぇなあ……」
グンからの餞別――昴曰く異世界米と仮称した穀物――と思しき袋を振り回しながら歩く。一件落着、なのだ。たぶん。ならばもう考える必要すらないのかもしれない。こんなに引き摺るのも珍しい、と自分でも思っている程。
「ん~……よし、忘れるのはやめて心の片隅にでも置いとくか。誇り、なぁ……俺にはあるんだろうかねえ」
あるような、無いような。そんなぼんやりとした感覚だ。それ一つで変わってしまうとするのなら、もしかしたら自分には無いのかもしれない。だからこそ、このようにずっと悩む。いつか、どんな形でも持つ事が出来たのなら、その時は守っていきたい。
そう思う事で今は、とりあえず、終了だ。
「お?」
昴が向かう先は寮だ。もうすっかり考え事をしていても歩いて帰って来れるようになっていた。そんな男子寮の入り口手前には見慣れた人影。
「あっスバル! どこに行ってたんですかっ? 探しましたよ!」
「いやーすまんすまん。戦利品の調達に行っててなぁ……それで? 二人揃ってどうしたんだ?」
戦利品と称した袋を見せ付ける昴を待ち構えていたのはレイセスと、やはり陰に隠れているエレナだった。いったいどのような用件なのだろうか。
「えっとですね? 私じゃなくてエレナさんがお話があるんですよね? ね?」
「あっ押さないで……」
このやり取り、つい先日も見たようなと思う昴だったが決して口には出さず準備が整うのを待つのだった。急かす必要も無いのだから。
「うぅ……その、ですね……?」
「うん」
「……あの、やっぱりレイシアさんから……!」
頑張ってレイセスの前まで出たのだが、一言搾り出すとすっかり俯いてしまうではないか。小さな両手を握り、レイセスに懇願するように。ポーズ的に胸が強調されているので、さらっと目を逸らすのが昴だ。
しかし傍から見ると昴がエレナに何かをしているようであるので、少々人の目が気になってくる。
「だーめーでーす! 今日は自分で頑張るって言ってましたよ?」
「意地悪……」
「いつもやられてばっかりですからね!」
ふふん、と胸を張るレイセス。彼女達の関係はどのようなものなのか昴には定かではなかったが、今の状況と普段では差異があるらしい。
エレナは改めて昴に向き直ると、一度、二度と大きく深呼吸。その様はやはりじっと見ていられない――見たくない訳でもない――。哀しいかな、男のサガ。
「あの、スバル様……!」
「っはいはい?」
「この後、お時間ありますか……? 夕食でもご一緒出来ればなと思いまして……!」
今出来る精一杯はここまでだったようだ。言うなりそそくさとレイセスの背中へと隠れてしまうではないか。
「はい、よく言えました! という事ですけど、いかがですか? 先日の感謝の気持ちだそうです」
まるで姉のように優しくその頭を撫でながら褒めるレイセス。どうやら夕飯の誘いに来たようだった。しかしどうしてそこまで全力なのだろう、と首を傾げてしまう昴。
「飯か。いいよ。……って感謝? 俺なんかしたっけ?」
これと言った記憶は無いのだが、貰えるというのなら貰わない手は無い。米も食べたかったが、今日はお預けにしておこうではないか。せっかく誘って貰えたのだから。
「まっいっか。どこで食うの?」
「学院の外です! なのでもう申請しておきました!」
「手が早いな……とりあえず準備してくるから待っててくれ」
「はい! よかったですねエレナさん!」
「う、うん……!」
抱き合って喜ぶ女子二人を尻目に昴は寮の中へ。その足取りは心なしか嬉しそうである。誰も居ない部屋に米袋を置き、ちょこちょこと身形を整えておく。顔も洗っておこうか。
「……あ、これってさ」
財布っぽい布袋をポケットに忍ばせ、階段を降りていく時にふと思った事があった。
「祝勝会とか打ち上げ的な? お? 俄然やる気出て来たぞ!」
二段飛ばし、三段飛ばし。足取りは更に軽やかに。ケンディッツの居ない受付に出掛ける旨を伝えると颯爽と登場である。
「打ち上げ! パーッとやろうぜ! 全員じゃねえけど!」
「なんだか急に元気になりましたけど……良い事ありました?」
「ああ。これから始まるぜ……エレナさん!」
「は、はい!?」
「今日はありがとな! ちと早いけど。こんな事出来るとは思いもよらなかったからさ」
こういう事が大好きだ。何かが終わったら皆で集まって騒ぐ。今回騒げるかは微妙なラインであるが、それでも一段落付いた後というのはなかなかに爽快な気分を味わえるのだ。そしてそれを共有する。
ああ、まるでいつもの学生生活のようではないか――!
「異世界も、捨てたもんじゃねえのかもな……!」
悪くない。別の場所で味わう新たな日常も。
「で、どこに行くんだ?」
「えっと、エレナさんの地元の料理が頂けるところだって聞いてますよ。静かでいいところらしいです!」
「え。静かなのか。そうかぁそうだよなぁファミレスとか無さそうってか無いだろうなー」
残念無念。そもそもこの二人で騒げる場所に行けるはずがないのである。しかし、テンションを下げるのは失礼だ。いつも通りでいよう、と心に誓う昴であった。
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KotoSeka
第3話「人形の誇り」終