「人形の誇り」72
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「さて。ここに呼び出された理由について、わかるかね?」
「あの、私には何も……」
「君に関してはそうだろうな」
何度目だろうか。この学院長室とやらに呼ばれるのは。
相も変わらず昴は部屋の前で門番の如く立ち塞がる石像に怯えながらの入室。入ってからも後方を気にする程だ。そこまで苦手意識があるのだろうか。
「そこでモロボシ・スバルを呼んだのだ。これ一人だと来ないだろ? 付き添いとしてな。で?」
呆れ返ったかのように昴に視線を送る学院長。かの昴はあらぬ方向を見ながら飄々とした態度でこう答えた。
「ナニモシラナイヨー」
「スバル? 誰ですか?」
「胡散臭いな……」
昴の思い描く適当な外国人の登場だ。まるで何かを知っているかのようで、それを隠そうと――しているのだろうか?はたまた隠す気は無いが建前上はこのような態度を取らねばならない演技なのか。……演技であるのは事実だろう。
「ワタシニホンゴワカラナイネー」
「その喋り方はやめるんだ。非常に気味が悪い……ざっくりで良い。もう大体はわかってるんだよ」
「あ、マジで? じゃあいいや。口止めされてたんだけど学院長の頼みならしゃあねえやな」
「いったい誰だったのでしょうか……?」
「日本語を覚えてるけど覚えていないかのように振舞うおっさんのイメージだよ。よく警察密着系で……うん忘れてくれ……どこから話せばいいんです?」
演技が必要無いと解った途端にこの態度の急変だ。昴自身はなかなかの名演技だと思っているようだが、肝心の二人には伝わっていないらしい。仕方の無い事である。
「クレイ家の人間……いや使用人が絡んでいたのは知っている。その彼がどこに行ったのか、だ」
「ああそれっすか……」
「もしかして騒動の、でしょうか? 私はどうなったのかすら聞いていませんけど……スバルは知っているんですか?」
「なんだ周りの誰にも話してないのか。意外と口が堅いのな」
口の堅さは割と自信がある昴は胸を張り得意気だ。恐らく褒められている訳ではないのかもしれないのだが、細かい事は気にしないでおくとしよう。そして昴は自分の記憶を辿るように口を開いた。
「もう学院に居ないってのは知っての通りで。んー……正直に話すとして、あの人がここを出てどこに行ったのか~なんてのは俺であっても、それこそセルディ達も知らないんじゃねえのかなあと」
「ほお。本当に知らない、と?」
いつになく威圧的な学院長の小さな瞳だが昴は負けじと頷いて言葉を続ける。
「ええ。そもそも俺はここと学院の外って、まあほとんど知らねえし。言われてたとしても覚えてねえですな」
昴の言葉に嘘偽りは一切無い。彼が知っているのはこの学院と城、それから町、以上である。この世界の地図すら知識外だと言うのに、地名だろうが何だろうが知っているはずもない。だからこうしてむすっとした表情で腕を組んでいるのだ。
「……俺だって巻き込まれた身だし、こんな中途半端な終わり方なんてのは腹が立たないかと言われりゃ立ちますよ? だけどなんかもうよくわかんねえけど俺が解決出来る話じゃないでしょ? 家系だとか領地だとかさ。話のスケールがわからねえ」
「スバル……」
偶然巻き込まれてしまったこの事件。いつの間にか当事者の一部になっていたが故に、その真相は暴かれるべきだとは思っている。しかし、自分の手には余りすぎる程に巨大な実態があった。だから最後は見ているだけで、口も出さず、大人しくしていたのだ。
「はぁ……俺が知ってるのはあの人が自分の故郷に帰るって言ってた事だけですよ」
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