「人形の誇り」71
「くっ……」
地を這うとはまさにこの事だ。ディアンから伸びた鉄線が一本、また一本と身体から離れていくのと合わせるように、ディアン自身も瓦解を始める。骨組みのような内部が寒々しく露出され、どこか悲しさすら覚えてしまう。
「もう良いのかいアレク」
頭上から降り注ぐ声。哀れみか、それとも怒りか。少なくとも自分に対する後者の感情はもう感じる事は出来なかったが。
顔を上げる。質の良い金色の髪を掻き揚げるようにして汗を拭うモルフォの姿。背後には以前と鎖を伸ばすドゥーリィー。
「残念ながら、私自身にはこれと言った力は無く……ただ人形を作る事に長けていただけです。自分で言うのはおこがましいかもしれませんが」
「……知ってるよ」
「ああ……ここまで壊されたのは二度目です」
「うん。それも、知ってる」
右手を掲げた。モルフォの動きに呼応してドゥーリィーの右腕も持ち上がる。これで終わらせるのだ。ここまで続いた一つの事件も、彼との事も。命までは取らずとも、再起不能になろうとも、それでも自分にはこうする選択肢しか――
「そこまでにしとけモルフォ」
その手が掴まれた。振り下ろそうとした腕を止める為に。当然ながらセルディであった。渋い顔をしながら、モルフォとアレクのどちらにも顔を合わせないように虚空を見詰めている。
「見逃すのかい?」
「当たり前だ。アレクには十分過ぎる程世話になったろ」
「それは……そうだけど。きっと僕らが見逃しても父さんはそうしない」
「だろうな。あの野郎ならきっとそうする……だけどここまで壊れちまうと直すのにも相当な時間が掛かるだろ」
今にも崩壊してしまいそうなディアンを見上げると溜め息を零す。あれだけ綺麗な姿をしていたのにたった一度の戦闘でここまでなってしまったのだ。
「なるほど。その間に領主が変わるんじゃないかって?」
「そこまでは知らねえよ。ただオレたちがアレクをどうこうする問題じゃねえって話だ」
「まあ兄さんがそこまで言うのなら僕はこの手を引くよ。元々そこまで怒ってた訳でもないし」
「そういう事だアレク」
ふ、と力を抜く。するとドゥーリィーも魔法陣の中へと消えていくではないか。完全に姿が消え、漸く思う。安心した――と。口には出さないが。
「何故、何故です……?」
まるで今までやってきた事を許すとでも言いたげな兄弟だ。主人に叛いて襲撃をしようとしたのに、子供を使ってまで成そうとしたのに。それでも許されてしまうというのか。
「理由か? 別に人形は嫌いじゃないしアレクに助けられた事もあったような気がしないでもないからな。貸しだ」
「僕は……僕はあなたに教わったんだ。人形の創り方を。そんな人を、ね……ああでも一番は兄さんがやめろって言うからかなあ」
「気持ち悪いな……ただなアレク。いくつか無理な事があるぜ」
「そう、だね。うん。僕にもどうしようもない事だ」
生かされた、この二人に。ただそれだけの事実で胸が痛い。今まで散々な事を影でやっていたというのに、どうしてここまで優しいのか。領主とはまるで似つかないこの二人まで巻き込んでしまうとは、本当に――
「……この学院には居られないと思う。それからその後どうなるかも」
「ええ、分かっていますとも。それは私自身でどうにかしますよ」
はっきりと伝えた。自分の身を案じてくれる二人には。身体は疲労感に支配されているし、心はに虚無感が大部分を占めている。それでも――
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