「人形の誇り」70
全身を拘束する鎖。そこから抜け出そうと必死にもがくも動くのは頭部と、辛うじて胴体。微かにずらす事が出来る程度だ。
それ故かまるで錆びた金属を無理矢理動かしているかのような金切音が至る箇所から漏れ出し、外装も剥がれ落ちていくではないか。
端から鮮明であった視界。それが先程よりも明瞭に、更には肌に風すら感じる――そこで気付いた。自身を格納していた胸部装甲が崩れているのだと。間近に感じる砂塵。それとディアンの唸り。自身の力も次第に薄れている。このままでは鎖に引き千切られてしまう。その前に如何にして脱出するか。
考えるも、思い付かない。思い付くはずもなかった。
「ん、なんだか焦げ臭くね……?」
昴の嗅覚が捉えたのは微妙な異常。何かが焦げるような、燃えるような、そんな臭いだ。異臭とまでは言えないかもしれないが、何だか身体に悪そうであった。
「ああ。当然さ、今こうしている最中だからね。ほら」
変わらず昴の言葉を拾う余裕を見せるモルフォ。指先を輝かせながら彼は言う。顎で指し示したのは鎖の先端。鉤爪のような形でディアンに突き刺さっているそれ。目を凝らすとモルフォが何を言いたいのか分かった。
「……溶かしてんのか? 人形を?」
声を挙げたのはセルディだ。腕を組んで静観していたが、ここで漸く口を開く。まるでモルフォの行動に嫌味を言うように。
「人形の装甲を溶かす、ですか。その割には温度を感じませんが」
既に壊れかけの胸部装甲から姿を覗かせるアレク。ディアンの腕に突き刺さる爪と、爪が行う溶解攻撃。これがいったい何なのかと。
そして昴はと言えば。どのような仕組みで動かしているのかと少々興味があったらしく、物陰から顔を出して調査。
するとどうだろうか。何とも不気味。何処からか伸びた夥しい数のケーブルのような何かがアレクの全身を包み込む……はたまた飲み込む様相。どこか科学的であり、ある意味生物的でもあり。
「そうだね。熱で溶かせる物ではないから……あんまり手の内は晒したくないけどこういう方法もあるって教えてあげよう」
拘束する力が俄然強くなる。万力で絞られているかのようだ。
関節部品が弾け飛ぶ。丁寧に配置した意匠も砕け、どのような物だったか窺わせる気配も無い。塗装もみっともなく剥がれ、剥き出しの鉱物のような色に。
――人形は物だ。人に遣われ、遣い潰される。故に愛着などは無い、と思っていた。しかし、だ。
「熱も多少はあるんだけど、それは付随効果とでも言おうか。主になるのは音だよ……まあ聞き取れないんだけど」
「音……?」
モルフォの言う通り耳には何ら聞こえてこない。しかし、視覚にはその原因と思しき物が。
淡く光る鉤爪。僅かだが、振動している。どうやらこれによって溶かしているのだとか。
「細かくは教えないよ。剣闘会前だからね。さて……そろそろ、かな」
その言葉を皮切りにしたのか、轟音と共に土煙が巻き上がった。そう、ついにディアンが地に伏したのだ。抵抗も出来ず、全身をドロドロに溶かされ、次第に人形としての形すら失おうとしている。排出されるように這い出るアレク。終わった、と。声無き声が彼の口の中で消えていく。
じゃらじゃらと鎖が音を立ててドゥーリィーへと引き戻されていくのが見えた。それから、その大きな足が自分に向けられたのも。踏まれれば恐らく命は無い。否、運良く生き延びても、だ。ならばいっそ――