「人形の誇り」68
「いいのか?」
昴は横に並んで仏頂面を決めているセルディに質問。剣は地面に突き刺し、どうやら完全にモルフォに任せるつもりのようだ。
「なにがだよ」
「んー……見せ場、じゃねえの」
「いらねえよそんなの。言いたくないが俺の剣じゃ人形に傷は付けられないんだよ……特にああいう魔術鉱石だとか怪物の骨とか使ってるような人形はな」
「そういうもんか……って事は俺も間に入れない、と」
「……こういうのは人形遣いがどうにかすれば良い」
巨大な人形に臆する事無く対峙するモルフォの背中。彼の足元や掌の至るところには魔法陣。腕を突き出せば、人形も呼応。足を出せば同じように大地を踏み砕く。これくらいならば昴にも仕組みが分かる。見るからに直感的な操作を行っているようだから。
「……!」
強く、拳を握る。歯車が唸り、魔力という見えない血液が全身を駆け巡った。
大きく、両脚を広げる。柔らかい土の層に足を埋め込み、固定。
素早く、腰を捻る。人間の身体とは違う故、限界まで引き絞る事が可能。
力任せに放つ。ただ、四つの動作だ。まるで空気そのものを殴り壊すような暴力的な轟音を響かせてディアンへと放たれる、まさに鉄拳。
「人形という物はまず強固でなくてはなりません――」
迫って来る砲弾の如き拳。視界では既に捉えている。しかしそれでもアレクは動じない。たとえ相手が至高の人形だったとしても。人形遣いとして、自分の人形には絶対の自信を持っているのだから。
丸々と膨らんだ、盾のような前腕を掲げる。
「――城のように堅く」
「防ぐねえ、アレク!」
「次に――」
叩き付けられた拳は爆発音すら髣髴とさせる衝撃音を辺り一帯に撒き散らし、凶器と化す。
「お、おぉっ!?」
「離れないと巻き込まれるな」
「なんで冷静なんだよ……!」
衝撃の余波に襲われた昴。びりびりとした奇妙な感覚に身体を震わせてしまう。つい走って逃げ出してしまいそうになったが身じろぎもしないセルディの姿を見て動きを止める。しかしそれでも木陰には隠れるのだが。
至近距離で凄まじい打ち合いを見せられると、思うところがある。セルディが手を出そうとしないのも理解出来るような。
「人の戦いじゃねぇだろこんなの……」
人間の出る幕は無い、と。一挙手一投足に含まれるのはどれも想像の及ばない威力なのだろう。弾ける火花と、剥がれる塗装や装飾。純粋な殴り合いではなく、これは、“兵器”同士の争い。使うのは確かに人であるが、人智を超えている。
「――美しさも忘れてはなりません。ええ。物であっても」
「そうだね……! 僕も、忘れた事はないよ!」
掴みあった両手。押し合うようにしていたそれをふと、引いたのはアレク。勢い良く倒れ込むドゥーリィー。だがディアンの手はまだ離れようとはしていない。追撃を行うつもりだ。
「くっ……」
「技にも、です」
低い唸り声。まるで雄叫びのような音色を轟かせるディアンの腕は上へ――投げたのだ。人形を。力の限り。