「人形の誇り」67
「なるほど。そういう事だったのか――」
立ち上る土埃。木々に隠れていた動物たちは急襲に驚き一目散に退却を開始。それだけでも凄まじい音だ。そんな騒々しい煙の中、声がした。
胸部装甲の内部に作った装飾。一部分だけ薄彫りにしてあるのだ。そこから外界を見渡す事が出来る。言語は魔術によって増幅し、外へ。これで会話も可能。叩き付けた腕の先に、誰かが居る。感覚こそ無いが、伝わるモノがあった。
「もう少し、遅くなるかと思っていましたが」
いずれ来るのは分かっていたが、こうまで早いとは。なかなかに予想外であった。しかし、これからやる事になんら変わりは無い。ただ壊し、戦う。それ以外の選択肢は存在しないのだから。
「ゲホッ……今度はなんだよ……」
視界を晦ます砂を仰ぐ昴。間一髪のところで直撃は避けられたようであったが、視界の端に見え隠れする影は大きい。これは――
「おぉ……あっぶねぇ……!」
――腕だ。アレクの人形の。それが今にも昴の身体を押し潰そうとしていたのだ。しかし、どういう事かその腕は一向に動く気配が無い。今のうちに退却だ。この手の相手は自分には荷が重過ぎる。こういうものは専門に任せるのだ。悔しいが。
「あの程度で止められると思っているのならそれは少し心外だよ」
「ええ、そうでしょうね。私自身足りないなとは思っていましたが……あれで在庫切れですので」
「ああ今日ので相当数が無くなった、と」
そしてその腕を押さえている影もあった。どうやらアレクはそれと会話しているらしい。そして、この声には聞き覚えがある。
「モルフォか……」
駆け寄ってきたセルディ。剣を大きく横に凪ぐと、一陣の風と共に視界が晴れる。
腕力だけでこれを起こしたのだとすれば相当な技量だ。昴には到底真似出来ない芸当――強化をして貰えれば出来ない事も無さそうではあるのだが――。彼の口から零れたのは、彼の弟の名。
「やあ兄さん。まさか兄さんの方が先に気付くなんて思わなかったよ」
「お前が遅いんだよ」
「残念ながら、今回はそうかもしれないね」
砂埃から解き放たれ姿を現したモルフォ。彼の足元から伸びるのは影ではなく、腕を受け止める、掌。アレクのディアンの物に似ているようで違う鋭利なフォルム。以前見た時とはカラーリングも変わっているようだった。
「でももう安心だ。僕が来たんだから」
「ふん……人形相手ならお前の方が分があるのは知ってる」
「そろそろ構いませんか」
痺れを切らしたのかディアンの腕から歯車の回転する音と蒸気のような物を噴出する様が。モルフォの拘束から抜け出そうと力んでいるのだろうか。
「ああ。まずは僕が――いや、僕“だけ”が相手をするよアレク。あなたには確かに恩がある。……しかし、クレイ家に刃を向けたらどうなるか。それだけは思い知って貰うよ?」
モルフォの顔にいつものような笑顔は無かった。言葉から感じられるように、明確な怒りがある。
言葉に合わせるように魔法陣から這い出る人形。銀色と灰色を基調にしているらしい。その大きな掌に握り込んでいた前腕を投げ捨て、直立。
「本当は剣闘会までお披露目するつもりは無かったんだけど。今回ばかりは仕方ない。行くよ、ドゥーリィー」