「人形の誇り」66
「本来であれば直接手に掛けなくては“彼”だと言うのは理解していますが……残念ながら私にはこの方法で被害を与える他無いのです」
「……意味は解るぞ。アレクだけじゃなくて、うちに居る人間がどんな人間であるのかなんてのは知りたくも無いけど知ってる。怨みを持つのも仕方ない話だ」
「さすがはセルディ様……ええ、あなたとモルフォ様、それから奥様には何ら負の感情を持ち合わせてはおりません。ですが、まあ……手っ取り早いでしょう。流石の“彼”であっても」
「そうか。やるって言うのならオレだってタダで負けてやろうだなんて思わねえ。あとあいつが動くかどうかは知らねえ」
再び剣を構えるセルディ。意を決したようで、その瞳に迷いは無い。向かってくるのならば敵と見做し、戦うのみ。
対するアレクの足元。じわじわと姿を現し始めているのは指、だろうか。それも一本一本が人間大。これは見た事がある。
「人形……」
昴の口から漏れた言葉こそがその物体の本質。モルフォが操っていた物とは色が大きく違い、鮮やかなエメラルドグリーンといったところだろうか。まるで地面から這い出るように顕現するそれは、なんと驚く行動に出る。
「ああ、驚かないで頂きたい。私の人形は自分自身を核にして動く人形ですので」
人形の手がアレクの身体を握って持ち上げると、胸部に格納してしまうのだ。シルバーの装飾が施された胸部を扉のように開き、伽藍堂になっていると思しき中へと。
「そう言やァ見るのはオレも初めてだったな。……随分とキレイな人形じゃねえか。銘は何だ?」
胸部装甲が閉じられると、顔の中心にある大きな一つの瞳に光が宿る。全身から歯車の回転する音を響かせながら直立。周囲の木々を薙ぎ倒し、地を揺らす。
巻き上がった砂埃などに目元を押さえながら昴とセルディはその巨体を睨み付けた。夕闇を背景に屹立する人形。美しく在るその姿であったが、どこか闇を感じてしまう。一つ目である事、偶然にも全身に影を落としている事が重なったのか、まるで悪魔のよう。
「ル・ゴ・ディアン。ディアンとお呼びください。それがこの人形の名前であり――」
五メートルはあるだろうという人形、ディアンは徐に腕を振り上げた――
「おい! 離れるぞ!」
「え、ちょっと待って理解が出来てないんですけど」
「良いから! 死にてぇのか!?」
「それは、勘弁だ……!」
未だにどうしてこのような事になったのか分からない昴。思考が追い着いていないがこの現状は危険である事だけは判断出来た。薄暗い光を反射するあの腕が直撃したのならばどうなるか。考えたくも無い。急いで逃げるのだ。
――次の動作は簡単。狙いを付けずとも、ただ重さに任せて落とすのみ。風すらも断ち、木々なども容易く地面ごと打ち砕く。揺れる足元。全てを吹き飛ばさんとする強風。破砕される石の破片。そのどれもが重量級。
「――失われた貴族の名です」
轟音に掻き消される、名前の真実。聞き取られていないだろうが、恐らく彼は理解しているのだろう。しかし、口には出さない。意外と根は真面目なのだ。それでもこうしてしまった以上は敵である事に違いない。退けないのだ、今更――