「人形の誇り」65
セルディの手中に生まれる淡い光。武器召喚と呼ばれる魔術の類に用いられる特有の輝きだ、と魔法学で教わった。見ただけで判断するのは些か難しい物があるのだが、セルディの魔術は何度か目にしているお陰で何となくではあるが頭に残っているのだ。
しかし今はそのように悠長に眺めている場合ではない。
瞬く間に出現した一振りの剣。オレンジ色の陽光を受けながら煌めくそれを、昴に向けて。
「……さてっと。出て来いよ。こそこそ隠れてないで」
その言葉は昴にではなかった。つまり、この剣も。ならばいったい誰が居るというのか。その前にこの射線上に居るのは非常に心が落ち着かないので離れるとしよう。
セルディの放った言葉を受けてから数秒、沈黙を破るかのように草花ががさがさと揺れて鳴る。
「……」
「いつから気付いておりましたか」
「下手なんだよ。尾行と潜伏が」
「あれ、あんたどっかで……」
木陰から姿を現したのは壮齢の男。上下黒々とした礼装を纏い、適度に整えられた短い灰色の髪を刈り上げた男だ。佇まいは紳士然とした、落ち着いた大人といった感じである。しかし、どこか物々しい。持ち合わせた雰囲気に棘があるとでも言えば良いのだろうか。
そして昴にはこの男の顔に見覚えがあった。記憶を辿る。
「あ! 確かこいつらのとこの……」
セルディの顔を見ると、渋い顔だ。そうだ、彼らの家に呼び出された際に出会った。名を――アレク、と言った。あの家の執事。だが何故、そのような男にセルディは剣を向けている?
「気付かれているのは薄々感じていましたが……まあ仕方ない」
「何をするつもりだ? オレが相手なんだぞ」
「ええ、勿論解っていますとも。あなた方には怨みは無いのですが……それでも今日で終わるのならば。やらなくてはいけないのです」
「わかるように話せよアレク」
何かを諦めたかのような瞳。その中に宿る光はどろどろとした物。怨念、執念。それに似た何か。
アレクの動向を理解出来ずとも持ち合わせて来た雰囲気を察しているセルディは絶対に剣を引こうとはしない。たとえどのような状況でも『敵意』を向けられているのなら。
「簡単に言いましょう。ええ、そこの彼にも解るように」
「……っ」
ゆらり、と生気の抜けたような瞳が向けられぞっとする。自分に中てられた負の気持ちではないにしろ、その空気は凄まじいものだった。身の毛もよだつ、とはこの事だろう。
「これまでに至る騒動。それら全ての犯行を指示、実行していたのは私です」
「な!?」
アレクの口から語られた衝撃の事実。昴は文字通り口を開け呆然。だがセルディは。自分の身の回りの世話などを行っていたであろうアレクが主犯だった事を耳にして、どう反応するか。
「わりぃなアレク。知ってたぜ」
「は? お前いつから……?」
「モルフォに頼まれた時からずっとな」
「そうでしたか。では何故、何故見逃していたのです」
剣先を下ろし、溜め息を吐く。
「そのくらいはわかって欲しかったんだがな……これでも配慮してやったんだ。あんたには世話になったからな」
珍しく、優しげな声で。今ならまだ引き返せるぞ、と言わずとも感じてくれないかと。
「ああ……ですが私も止まれないのです。残念ながら」
足元に広がる紫色の線。円を模りながら四方八方へ散らばる。魔法陣と呼ばれる類の物で、時間は掛かるが発動の確実性が高い魔術。
「チッ……やらなきゃなんねぇか。おいモロボシ」
「なんだ? 今の俺には頭が付いていってなくて何も出来ないぜ?」
「下がってろ。これはクレイ家の問題だ」