「人形の誇り」64
「帰ったらまず何すっかなぁ」
疲れはあるが足取りと気持ちが軽い。軽やかと言える程ではないが、まずは一段落したのだ。これでひとまずは落ち着いて今後を考える事が出来る。
試験、それから剣闘会が目先の目標。そして、帰る。あちらでは一体どのような事態になっているのか。とんでもない状態なのだろうが、何とかしよう。いつものように。
知らない星の配置をぼんやり眺めながら歩いていると、前方に見知った人影。彼も帰路だろうか。とりあえず声を掛けてみるとしよう。
「おーい! セルディー!」
野暮ったそうに振り向いた金髪頭はセルディだ。この学校で制服を着崩している人間なんてそうそう居ないので、容易に判断出来てしまう。だから自身を持って声を投げたし、駆け寄った。
「んだよ……うるさいな」
「そうカリカリすんなって。せっかくこの長かった戦いも終わるんだし、もっとこう、楽にしようぜ?」
「……終わり、なぁ」
「ん、何か思うところアリ?」
邪魔そうに昴への応対をするが、強く拒絶する事は無いようだ。初対面こそ最悪ではあったが、それが過ぎればいつの間にかそれなりに会話が成立する相手になる。そんなセルディはどうやら事件解決には渋い顔。
「まあな。どうもまだ腑に落ちない部分があるってーか」
「なんだろ……俺的にはもう終わってて欲しいんだけどな」
「そら誰だってそうだろ。何と言うか……あー……気持ち悪いな。別に誰がどんな人形を使おうが、あの糞親父に迷惑掛けようが一向に構わないんだが……」
「歯切れ悪いなあ。ま、確かに俺も誰が親玉だったのかなんてのはどうでも良いんだけどさ。関わったからには知っておきたいって気持ちもあるし、せっかくだからこの手でってのもある」
昴にはセルディの心情は察せない。最後まで関わっていられなかった気持ち悪さが残っているのはあると言えばある。恐らくはこれの事なのだろう、と仮定しての言葉だ。するとどうも近しいようで腕を組んで納得のいかない様子ではあるが首を縦にするのが見えた。
「でも終わるんならさっさと終わってくれた方が良いじゃん? 学生がどうこうやる必要も無いだろ?」
「教師が信用出来るのならな」
「あーそれはある。ところでさ気になってる事があるんだけど」
「なんだよ」
教師への不信感はセルディも持ち合わせていた模様。相変わらずどことなく似ている二人であった。
そして昴は先程から非常に気に掛けている事があったのだ。辺りを見渡して、首を傾げる。
「ここどこ」
「……お前の寮はあっちだ」
「お前ん家はあっちじゃん。どこ行くんだよ? こっちあんまり人来ない区域だろ」
「何で知ってるんだよ」
「ふっ……覚えたからな」
自慢気に胸を張る昴。夜中抜け出して手作り地図を描いたのだからそう簡単に忘れてしまうはずもなく、一応大まかな情報は頭に残っている。自分の寮の方向、セルディの家の方向。それとも違う場所だ。戦闘学で軽い実地授業を行う密林風のエリア。
途中で舗装された道から逸れたので気になっていたのだ。この辺りには特に何も無かったはず、と。もしや誰かの家があったのだろうか。ならば帰らなければならないのだが。
「まあ良いか、準備しろ」
「準備? なんの?」
ふと、立ち止まりセルディは言う。しかし昴には何の事か分からない。
――風を切る音。耳元で。揺れ落ちる木の葉。それから、髪の毛。自分の。
「な――」
理解が追い着かない。セルディの手元から伸びる銀色。金属特有の輝き。これは、剣だ。剣が、自分の顔の横を掠めた。何故。
「お前、何を……!?」
「言ったぜ。準備しろって」
急に変なスイッチが入ってしまったかのように、目元をぎらつかせて鋭い言葉を放つ。
理由は何か。自分がそれなりの手柄を得たからそれに対する嫉妬のようなものか、それともセルディたちを使った事か。一体どのような理由で自分が襲われなければならないのか、どうにも思考は穏やかにならない。
だが――