「人形の誇り」63
「さて、そろそろ話題も尽きた頃だろうか」
口元を拭いながら、空いた皿を満足げに眺めながらそう言うとメルタが現われてそれらを回収していく。メルタが回収して積み上げた皿をルゥが何枚か受け取って奥に。微笑ましい光景である。
「まあもともとそんなに話があった訳でもないしな……」
「そう、でしたっけ?」
「うん。ここにはあんまり用事は無かった気がする」
思い出せる限り、ここに来たのはメルタとルゥが無事である事と買出しした材料を届けるだけ。ついでに食事をご馳走になって米らしき物を発見した。以上、なのだろう。
「なら帰って良い? 婆さんに理由説明しに行かないと……ああ、ご飯。美味かったよ」
そうであるならば、とアイリスは徐に立ち去ろうとするではないか。むしろ無理矢理引き止められていたような状態であり、常にいつ帰れるか気にしていたような気がしないでもない。
レイセスとエレナは十分に話も出来た上に、軽くお茶をする以上に楽しめた。確かに怖い事を経験してしまったが、それ以上に今が楽しかったので万事解決である。何やら昴とグンが難しい話をしていたようではあったが、あまり耳に入らなかった。
「口に合ったのならば幸いで……では、解散という事でよろしいかな? ……どうした、ルゥ」
分厚い手を一発叩き、〆の合図にしたのだが暗闇の向こうからルゥが走ってくるのが見えた。それから飛び上がるようにレイセスへとしがみ付く。
「……」
「ええっとルゥちゃん?」
「……理由は察せるよな。あんだけ仲良さそうにしてたもんな」
子供の思考は読み辛いが、この程度ならば昴でも分かる。昨晩、そしてここまで行動を共にして来て、懐いたのだろう。故に離れたくない、という心情。誰しも似たような経験は持っている事だろう。
「これは予想外だな……なかなか良い方向に……申し訳ないが、またルゥの事を頼めないだろうか?」
聞き取れないほど小さな声で何かを確認するように呟くと、レイセスとエレナに向けて軽くではあるが頭を下げるグン。この二人であれば、と信用しているのだろう。目的はどこにあるのか定かではないが。
「良いんですか?」
「私たちは拒否する理由が無いですけど……ね?」
「もちろんです!」
「ほんとに!? やったあ!」
小動物のように飛び跳ねながら喜びを表現する姿はまさしく人の子。その様子にグンは満面の笑みだ。彼の思惑も正しい方向に導かれている模様。当然昴たちには悟られないように。
「なんだかわからないけど解決したなら今度こそ帰るよ。出口がわからないから待ってるんだ……」
「ああ、すまんアイリス。じゃあな~」
「お食事まで用意していただいてありがとうございました」
「ええ、とても美味しゅうございました」
「いえいえ……こちらこそ大変良いものを見れたので。今後ともどうぞクリージュ家をご贔屓に。ルゥは気をつけて付いて行くんだぞ」
「はーい!」
食事も話も終え、ルゥだけは再び行動を共に。米らしき食材もしっかり回収して。こうしてグンの工房を後にする一行。外に出るとすっかり日も落ちているではないか。
「それじゃ俺たちもこの辺で解散、だな」
男子寮と女子寮、双方に向かう分かれ道。立ち止まって昴は言う。
「ん……それじゃあアタシは先に行くよ。もう給料無しかもしれないけど……最悪学院から取るさ」
「そんな手段があるのか……何はともかく今日は助かったよ。ありがとう」
「とても格好良かったです! お茶会もしましょうね!」
「……考えておくよ」
心なしか顔が赤かったような気がするが、それを見せないように髪を翻して颯爽と走り去っていく。その格好で走るのは危険だと思うのだが。
「エレナさんには何の説明もしてあげられなかったけど、怖がらせた事については謝るよ。想定してなかったのは事実だけど起こっちまったからな」
「い、いえそんな! 怖かった、ですけど、それより楽しかったので!」
ふわりとした髪を揺らすと隠れていた瞳が。その顔は確かに笑っていた。危険に晒したのは大きな反省点ではあるが、こういうものを見られるのなら、と少し照れくさそうに頬を掻く。
「私も! 私も楽しかったですよ、スバル!」
「ルゥもだよー!」
「お、おぉそんなに主張しなくても……」
激しい主張にたじろぐ昴。大変な一日ではあったが、この別れ際の無駄話というのは非常に心地が良い。これぞ学生、といった感じで、懐かしい。この気持ちを忘れないように部屋へ戻ろう。忘れていた試験勉強も開始せねばなるまい。