「人形の誇り」60
一難去って、とは言うがどうしてこうも問題ばかり増えていくのか。学院長室から解放された昴は頭を抱えていたところである。
「ぅー……」
低く唸りながらすべき事を考えてみた。学院長曰く明日には犯人の親玉が判明するだろう、との事。その絶対的な自信はいったいどこから湧いて来るのかと質問をすると、不敵に笑むだけであった。戦闘学で耳にした尋問術やら拷問術やらを使うのだろうか。考えたくも無い。
しかし親玉が捕まってしまうのなら、最後まで昴が加担する必要も無いのではないか。確かに勝手に首を突っ込んだ責任はあるのだろうが、危険を伴ってまで試験を失くすべきかどうか。失くせば楽にはなる。その際の代償はどのくらい。自分が動き回るとレイセスまで――
「ところでアタシはいつまで一緒に行動しなくちゃならないんだ? そろそろ仕事に戻らないと給料減らされるんだけど……それからこの人たちも……」
次に向かうべき場所へと足を向けている途中、アイリスがまるで疲れきったかのような声で昴に助けを求めてくるではないか。倉庫での火災以降、レイセスとエレナは彼女から離れようとしないのだ。話を聞いた事を大雑把に、昴流にまとめると。
「女子なのに強くてカッコイイ。要するに貴族の人たちからしてみれば出来ない事をやってのける憧れの存在なのだとか。不良ってそういうのあるじゃん? 実は優しくて優等生に好かれるってやつ? ファンサービスは大事ですよ、アイリスさん」
妙な説明口調は恐らく面白がっているのである。普段のスケ番風の服装からガラリと変わったメイド風衣装のせいもあってか更にいじりがいがある、と本気で思っているのだ。ただし下手にやると焼かれかねないという危険も兼ね備えて。
「な、なんだよそれ……アタシは別にそんなんじゃ」
「もう行ってしまわれるんですか? お茶でもしましょうよ!」
「そうですよー」
「いや、だから給料が」
「そこは私がどうにかします!」
滅茶苦茶な理論である。相変わらずこの財力とやらは昴には真似出来ない芸当だ。先程も武具屋で助けられたところ。あれがあったら倉庫での喧嘩ももっと上手く出来ていただろうか。
「ん、それは……ありがたいけど、やっぱ自分の手で稼がないと意味が無いし。施し受けてまで生きたらアタシの尊厳が許さないから……な、なんだよ」
レイセスのとんでも提案をさりげなくかわす。するとどうだろう、何やらきらきらとした視線が注がれているではないか。
「やっぱり素敵ですね……!」
「ええ! お近づきになれて本当に嬉しいです!」
「……?」
この状況が理解出来ないアイリスの頭上にはクエスチョンマークが増えていくようだった。相変わらず昴はそこに助け舟を出そうともせず、ルゥの手を引きながら歩いていく。
「さて、随分と遅くなっちまったけど大丈夫かな」
結局逃げる事の出来なかったアイリスも連れて到着したのは実験棟の一つ。そして居住スペースとなってしまった一つ。