「人形の誇り」58
「さてと……こいつで全員拾ったかな? 居なかったら……その時はその時。仕方ない」
「仕方ない、って……」
倉庫はすっかり火の手が広がり焼け崩れ。無事に避難を終えた昴たちは、いつの間にか集まっていた野次馬に紛れている状態だ。
気絶していた生徒たちはアイリスが一人ずつ蹴飛ばして強引に脱出させるという暴力的な救出方法によって更に傷が増えている。お陰で手間が省けてもいる上、起き上がる心配も無い故に良かった、のだろうか?
「ほら、皆さんどいたどいた! 消火するんですから!」
「さっすが速いなあ! やっぱり学院の先生は頼りになるよ! 魔術でぱーっとやっちまってくださいな」
「おおー! 皆、学院の先生様が火を消してくださるぞー!」
「だからそれに準備がいるんですよ……」
そんな人混みを泳ぐように掻き分けてやってきたのは学院の教師だと呼ばれる男。見た事は無いが、若い男だ。彼の登場で湧き上がる観衆。火事になっている事についての心配していないのだろう。その誰もが男の背中へと視線を注いでいる。
「ふぅ……“我が手に導きを。我が声を聞くのならば、水の精よ。導かれよ”」
「……あれが“魔術”ってタイプのやつだよな。俺知ってる」
右手の指先に宿った光で中空に何かを描く。光の軌跡は特殊な円や陣をなぞっているのだ。それに合わせて魔力と呼ばれる目に見えないエネルギーを声で編む。一字一句正確に、と言うのはどうも違うとの事で主に重要なのは陣の形とそれに対応する詠唱の相性、それから個人の持つ魔力の量なのだとか。
「んでレイとかアイリスとかアンリ先生みたいな特殊なのが“魔法”……詠唱の無いやつ。うん覚えてる。まだ」
「ぶつぶつって何言ってるんだ? それとこっちをどうにかしてくれないか?」
テストに出るのかもしれない、と覚えておいた基礎の中の基礎。この世界に居る間は使うのだろう。それを反芻するように口にしていたのが聞こえていたらしく、アイリスが困った顔をしながら声を投げてきた。
「ん? そいつらをいつの間に縛ったのかは聞かないけどそれ以外に俺が手助けする事無いんじゃね?」
どこから持って来たのか縄でぐるぐる巻きにされた挙句積み重ねられた犯人生徒集団。これから学院に移送するのだとか。しかしそれ以外に何がアイリスを困らせているのかと言えば、これか。
何故かアイリスにしがみつくように立っている二人の女子。それぞれが肩の辺りに顔を埋めているではないか。これの何が不満なのか昴には分からないし、むしろ羨ましいとも思ってしまう。正直である。
「この人たちだよ……いつまでくっついてるんだ……」
「うーん……怖かったんじゃないかね? いやそうなると俺も連れて行った責任が生まれてしまうような……」
「こんな小さい子は元気だっていうのにか……それでも総合のお嬢様なの……?」
この場所に入るきっかけを作ったルゥは魔術が珍しいのか徐々に消されていく炎をキラキラした瞳で見詰めながら、時折拍手したり笑ったりと大忙し。無邪気とは素晴らしいものだ。
「あの!」
「!? な、なに……?」
近くに居たルゥの頭に手を置こうとしたその時だ。しがみついていたレイセスが不意に顔を上げて声を出した。かなり大きめの声である。しかしそこに恐怖などの負の感情は表れていなかったように思えた。
「私、ですね! 実は……」
「……うん」
むしろ好意的な。喜びが感じられるような。
「アイリスさんの事――」
「あれ、なんだろうこの空気。でも俺は気にしない。お、そろそろ消火活動も終盤っぽいなー」
自分には恐らく関係の無い話だ、と完全に割り切った昴。視線を炎の倉庫に戻すと、そこにはもう焼け焦げた柱とそれを消火している雨雲のような存在だけ。これが“魔術”の為せる業なのか、と間近で感じるファンタジックな出来事に心を奪われてしまう。
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