「人形の誇り」56
その声の主はどうやって登場したのか。そのような事はどうでも良かった。どのような方法かで参上し、倉庫ごと燃やし尽くし、更には。
「んーやっぱり脆いよこれ。こんなんで良く学院襲撃だとか企ててるよ……止められない教師陣もどうかと思うんだけど」
レイセスたちを囲むようにしていた人形を瞬く間に破壊、焼却。火の粉が散る前に蹴り飛ばして人質の解放。手の辺りから引く真紅の炎。それを払うように強く右手を振るう。熱波がすっかり呆けた男子生徒を、それから昴を通り過ぎて内壁に衝突し、燃え上がる。圧倒的なまでの破壊。
「お、お前……!」
漸く思考回路が動きを取り戻したのか、正体不明の者に視線を刺す。すらりと伸びた白い両の足。膝上の、短いスカートには白いフリル。所謂、メイド服的な物に近しいだろうか。端整な顔立ちだ。スタイルも悪くないどころか、細身で身長も高めである。黒い髪を側頭部で一本に束ねている。女性。
「誰だ……!?」
しかし、知らない人物だ。このような、暴力的な美人を、記憶して――
「……アイリス?なんで?」
どうやら昴は答えに至ったようだ。普段とはまるで格好が違うので首を傾げたのだが、それもすぐに終了。女番長のような出で立ちしか見た事がないので、このような女の子らしい服装をしていると判別が出来なかったようである。勿論本人に言うつもりはないのだが。
昴の一言で、気付いた。彼女の事を。学院の中でも恐れられている生徒の一人。“炎の魔女”と呼ばれている彼女を。しかし、何故このような場所に居るのだ。
「途中で見かけて面白そうで付いて来たら……案の定これだよ」
唇の端を吊り上げて笑うアイリス。背後では解放されて自由の身となった二人が緊張の糸を切ったかのようにへたり込んでいるではないか。どう見ても、圧倒的優勢。
「ちょっと張り合いが少な過ぎて困ってるくらさ。どうする?シェンダ、だったっけ?確か工学の奴だ」
「何で、俺の名前を……」
すっかり戦意喪失したのか今にも倒れてしまいそうに後退しながら言う。
「もー質問ばっかりだなあ。アタシを誰だと思ってるの?授業に出ないで寝てばっかりだって思ってるの?そう思ってるなら残念だけど違うんだ」
漆黒の手袋に包まれた右手をシェンダに向ける。掌の中心に灯る小さな炎、ぐるぐると渦を巻いているのが遠目でも分かった――故に昴はそそくさと退避を開始――。
「授業に出ない代わりに、授業料やらを払わなくて良い変わりにって。一応警備の真似事もやってるんだよね。やらされてると言うか」
「そんなの知るかよォ……!お前みたいなのならどっちかって言うとこっち側だろう!」
シェンダは叫ぶ。敗北を悟っていても、それでもまだどうにか丸め込めたらという希望もあったからだ。届く事があれば、だが。
「まあそうだね。学院は好きではないけど。恩あるし。卒業するまでは……」
煌々と燃え盛る炎を右手に湛えながら。シェンダの言葉などこの炎が受け止めて、灰にする。決してアイリスの心に触れる事など出来やしない。
「学院に楯突くような輩は燃やさなきゃいけないんだ」
冷酷に、冷徹に、熱い力を。