「人形の誇り」55
学校を壊す。この響きに憧れない男子は少なくは無いのではないだろうか。男子だけでなくともそういった邪な感情を持っている人間が居るのかもしれない。故に昴にも甘美な響きのようでもあった。単純に面白そう、騒ぎの中心に居たい、という理由。分からないでもない。しかしこれに対する答えは当然ながら決まっていた。
「悪いがそれは無理だ」
「そうか……理由は?」
「そんな事をすると俺の居場所が無くなっちまうんだよ……戻るまではどうにか生き延びないといけないんでな」
行く宛も無く、住む場所も無く、金も無く。そんな環境で過ごせる程、昴も強くはない。あくまでも十全な環境があるからこそ、今このようにして物事を吸収出来ている。ギリギリのところで踏み止まっている状態。更にレイセスという強過ぎる後ろ盾を持っており、嵌められてでも次に彼女の反対側に回ってしまえばそれこそ一環の終わりである。
「……しかも任せられてるしなぁ……無碍に出来るかってんだよ」
小声で。自分の意志を曲げるつもりは無い。曲げてしまえば自分が自分ではなくなってしまう。ならば大人しく立ち向かうだけだ。恐らく一対一でやり合うだけなら十分に勝ち目はある。しかしそこに人形という異物が絡んでくるのだ。あの堅さをどうにか出来るだろうか。しかも二体。
――バキッ、と。
「本当にこの誘いを断るのか? もしこっち側に付いて、この作戦が成功したらこの先、生きる事には困らなくなるんだぞ?」
「へぇ……そんなに良い条件なのか。それは気になる」
「ん……?」
不思議そうに声を挙げたのは昴だった。
――臭いがする。
「ああ。誰かは分からないけど成功の暁には辺境に――っと」
言葉が止まる。口が滑り過ぎた。これ以上喋ると自分達だけが知っている秘密をバラしてしまうではないか。それにしても、何故だろうか。急に部屋が暑く感じる。明るさも増したような。
「あ! あれ、見て!」
ルゥだ。今まで大人しくしていた彼女が指差したのは倉庫側である。
声に釣られて振り返る一同。そこにはとんでもない光景が広がっているではないか。
「はあ!? なんで、なんで“燃えてる”んだ!? 俺たちの人形が……!」
暗がりであったはずの倉庫。それが、燃えている。もくもくと黒煙を噴出しながら、轟々と炎を渦巻かせながら。火事だ。火事――!
「お、おい! 何やってんだよ! 早まるな! ってか巻き込むな!」
窮地に陥った犯人はついに焼身自殺でも選んでしまったのかと昴が動き出そうとするも、未だに動じない人形にその足を踏み止まらせる。異常事態なのだ。これは、明らかに。レイセスとエレナが抱き合って恐怖に震えるも、何も出来ない。どうする――
「なんだよこのくらいで……そんなに慌ててると、こっちも燃やすよ? まあ慌てなくても燃やすんだけどさ」
声がした。この場に居た誰の物でもない、新たな闖入者の。力強い声が。