「人形の誇り」54
人質を解放するには交渉して落ち着かせるのが良い方法らしいのだが、この方法を取るには時既に遅し、なのだろう。相手は既に武器を手にしているし、こちらも先手必勝と言わんばかりに襲撃・幸運な事に魔法も何も使われずに壊滅させてしまった。そんな相手の言葉が通用するだろうか。
「そうそう、そうやって大人しくしてればいいんだ……どうやってこの場所を知ったんだ?」
真っ白な制服に付着した埃を払いながら言う。この引取り会場には自分達以外招待されていないはずだ、と。故に知っているはずなどないのである。学院の目を盗み、裏でやり取りをし、平然を装って外出。それがどうしてかこのような状況に。
「教えてやっても良いが、その代わりに俺も聞くぜ。一つだ。これはお前らが仕組んだのか?」
「答えない、と言ったら?」
「その時はその時さ。別に俺が一人で解決しようなんて考えてもねえし、出来るとも思ってねえよ。ただ、そうだな。彼女達に手を出そうもんなら、次は覚悟してもらう。相手が何だろうがぶん殴ってやる」
昴が今危惧しているのは自分の事ではなく、レイセス達の事だ。メルタとルゥはもしかしたら逃げおおせる手段を持っているかもしれないが、レイセスとエレナはどうなのだろうか。確かに二人とも総合学科で学んでいる身だが、女子の戦闘学はほとんどが座学であると聞いている。戦闘の実力というものは定かではない。不確定要素がある以上、ここはどうにかして自分が切り抜けなければならない局面なのだ、と言い聞かせる。
「そうか、そうだな。キミみたいな野蛮人にはそれなりに説明しておかないといけないか」
「……さぞかし高尚な説明なんだろうな。期待しておいてやる」
「ああ精々その頭で考えられるように優しく言うよ」
「一々癪に障る奴だな。殴り足りなかったか? あ?」
「殴り掛かっても良いけどその時は彼女達がどうなるかな?」
大分抑えている昴。今にでも殴りたい衝動に駆られそうだが、今はそれをする時じゃないと頭の中をクールダウン。今にも涙を零しそうで、怯えている二人の瞳がこちらを見ているのだ。怖がらせるなど出来るはずもない。歯痒いがこれが最善だ。
「まあ良いか。それじゃあ一つだけ教えておいてあげるよ。去年から続いている小火騒ぎから、今回の爆破襲撃。どっちも俺らのやった事だよ」
「理由はって聞きたいところだがな。どうせ無駄なんだろ」
「当たり前さ。一つ教えたからね」
「面倒な……」
自分に魔法があったなら、と考えてしまう。しかしそんな事はどうやら出来ないらしい。加護とやらも無ければ魔力とやらも感じられない。単純な喧嘩ならまだ勝ち目はあるようにも思えるのだが。
「どうすればレイ達を解放してもらえる? 正直に言うと俺はそれさえ出来ればこの件に関わるつもりはない」
「そんな、スバル!? どうして!?」
「レイシアさん……!」
敗北宣言にも取れる一言はレイセスに衝撃を与えたようで、その場から立ち上がろうとして人形に肩を押さえ込まれてしまう。その姿を視界に入れている事すら辛い。だから、まずは解放させる。可及的速やかにだ。
「そう、だね……俺としても女子に傷を付けるのは躊躇われるし……なら、こうしようじゃないか」
昴の方へと手を伸ばす。攻撃ではない、これはどうやら――
「一緒に学院を壊そうじゃないか?」
――悪への誘いだ。