「人形の誇り」53
「あんまり見せたくはないけど仕方ねえよな」
昴は知っていた。この世界の人間でも、たとえ魔法とやらが存在していても、不意打ちに対しては自分と同じように反応が遅れてしまう真人間であると――常人を超えているのもちらほら見かけたが――。だからこそ、舞い上がった多少の砂埃と声だけでも威嚇になったのだ。
一人はどうやら倒れてきた像をまともに喰らったらしく、当たり所が悪かったのか一撃で離脱。気絶でもしているのか動こうとはしなかった。それを気にせず踏み越え、飛び、近くに居た一人の腹に蹴りを。折れ曲がった体に露わになるはがら空きの背中。
「らぁッ!」
左手で頭を抑え、肘鉄を背中に落とす。容赦などなかった。背骨という物は脳への衝撃を抑える為にカーブを描いているのだとか。それはつまり、昴流の考え方をすると脳へと直接衝撃を与える事が出来る部位。顎もそうだが、行動不能、もしくはダメージによる行動の阻害や呼吸の阻害をするには絶好の箇所なのだ。
それを気合と共に二度。三度。次第に崩れいく相手の体を今度は引き上げ、トドメと言わんばかりに腹部に膝蹴り、更に制服の襟首を引っ掴んで投げ飛ばす。近くにあった椅子と机を弾き飛ばしながら転がる男子。残り三人。
「しゃあ! あと三人だ!」
「お、おい! ベス! なんだよ、なんなんだよお前!」
流れるような暴力に驚きながらも、漸く我に返って自分達の状況を理解したらしい。既に同志は二人もやられている。かなりの戦闘能力の持ち主だ、と警戒。戦闘学を基準とするならばここで相手の出方を見て――
「ハッ……さっき名乗ったろ? だけど、ぼーっとしてっとぉ――」
昴の行動は戦闘学の範疇ではなかった。確かに昴も同じ学院で戦闘学を齧った人間だ。だが昴が覚えたのは基礎的な集団戦術や戦闘技術、戦法の考え方、武器への対処などではなかった。
「――怪我じゃ済まねえぞ!」
椅子の背もたれを握り込み、ぶん回して、遠心力でぶっ叩く。
当然防御はしたが、それも間に合わなかった。痛い、痛い――
学んでいたのは体の使い方や鍛え方。自分にあった動き方。今後使えるであろう事を優先的に頭の中に叩き込んでおいたのだ。それがまさかここで役に立つとは。役に立って良かったのだろうか。
――まるで、これは、学生のやり方ではない。何と言うか。
「こっの……野蛮なァ!!」
「ああ悪いな! 俺にはこの方が合ってるんでね! そぉら、もう一人だ!」
「く、ぉ……ぅう!」
野蛮。それが相応しい言葉だ。貴族のお坊ちゃまである彼らからしてみれば、余計に。
正々堂々とは大きくかけ離れた、戦闘。否、これではただの、喧嘩だ。
椅子は投げる物、机は踏み台、絵画は盾で箒は剣。殴る、蹴る、掴む、投げる、突く。
まるで昴自身が武器のようだ。滅茶苦茶な男。ああ、そう言えばそんな編入生とやらが居たか、と――しかしやられっ放しで居られるはずもない。
この男は喧嘩は得意なようだが、一向に魔法の類を仕込んでこない。何故か。しかしそれは好都合だ。それに自分からしてみればそちらの方が得意なのだ、と床を転がされながら呪詛を紡ぐ。
「あーすっきりした……三対一でもどうにかなるもんだなあ……ん? あれ……」
この程度だろうか、と汗を拭う。確か残りの四人も流れ作業で倒した。制服の上着を脱ぎ捨て、シャツの中に風を送り込みながら戦果を数える。しかしどうだろう。“数が合わない”ではないか。
「おかしいな……人以外も倒しちゃった系? それとも見間違ったかな……」
仕方ない。もう一度、数えて――
「きゃ――!」
失念していた。昴の全身に響いたのは悲鳴だ。甲高い悲鳴。声の方向に体を向ける。遅かったか――!
「くそっこんなに殴りやがって……でも残念だったね……これで君は口封じされるしかなくなるはずだよ」
真っ赤に腫らした頬をさすりながら言うのは先程転がしたはずの男子生徒。殴り足りなかったか、と焦る昴。そして、彼が連れているのは。
「人形か……いつの間に……!」
先程大量に置かれていたと思われる人形を十体程。その内の四体。人質の両手を掴んでいるではないか。
「スバル!」
「おっと、何もしなければ君らには何もしないよ? 彼はどうなるかわからないけど」
どこから持って来たのか。それらの人形の手には鈍色に輝く剣。
幸いにも体力はまだ残っている。特攻は無意味だ。冷静に、思考せねば。