「人形の誇り」51
箱の中身。それにはどうも見覚えがある。しかも嫌な意味で、だ。出来る事なら見なかった事にしたいのだが、そうも言っていられない。
「これは……」
藁のような枯れ草のような梱包材に包まれ、露出しているのは手だ。しかし手と言っても人間の物ではなかった。形こそ人間と同じようであるが、色は青銅、爪はなく鋭利な指先。光沢とぬめり感のある肌。ゆっくりと、刺激しないように梱包を払う。
「人形、ですか?でもどうしてこんなところに?」
「さあ……商品、なのでは?」
レイセスとエレナは顔を見合わせてこの人形が置かれている事に首を傾げる。恐らくレイセスはこれがあの時の人形と一緒であるから疑念を抱いたのだ。それを知らないエレナは特に気にも留めず、昴に視線を送る。
「これ、あれだよな?モルフォの……生徒会長のとこの人形だって言ってたやつ。見た目は……確認する方法は……」
昴も同様だ。訝しんでいる。更に梱包材を剥ぎ取っていく。露わになる青銅色の肌。無機質な能面。眠りに就くかのように穏やかなその顔。どうやってかは知らないが中身を見なくては。もしこれがクレイ家とやらが製造した人形ならば急いで箱を元通りにしておかなければならないし、違うのなら――
「あの、これ本当に良いんですか?勝手に開けたりして……」
当然の反応。誰か来たらどうしよう、と嫌な汗が吹き出てくる。しかし何故だろうか。自分以外の四人はこの人形に対して異様なまでの空気を放っている。これがどうしたと言うのだ、と聞きたいのだがそれすら許されない、そんな気がしているエレナ。置いてけぼり感もあって何だかおかしくなりそうだ。
「大丈夫、です!よね、スバル!」
「んー……俺にもわからねえんだよな……ハズレならそれはそれでどうにかなるんだけど、ビンゴしちまったらマズいよな……かと言って悩んでる時間も……どうする?最適な、最適な……開ける?開けちゃうか?やり方知らねえけど。ミスってバレたらその時はその時だ」
結論は迅速に。胸部に手を当てる。確かこの辺りに切れ込みが入っていて、それを開くと中身が丸見えになるという形、だったと思う。自分が見たのは壊れて開いた中身だ。それ以外の開け方どころか人形の取り扱いについては一切知らないのだ。
「……開ければよろしいのですか?」
「あ、ああ……お願いします」
胸部から腹下までを撫で回す悩める昴を見兼ねたのか、メルタが代わりにと言わんばかりに手を差し伸べた。無論昴はこの申し出を断る理由などなく、そっと身を引いて彼女に任せる事に。
「……では、失礼致します」
その言葉は昴に向けてなのかそれとも――次の瞬間だ。メルタは大きく腕を振り上げたかと思えば、その細い腕を鞭の如く撓らせて、一撃。
余りの衝撃的行動に言葉を失くす程に強烈だった。金属と金属がぶつかり合う音が響き、反響が収まってきた頃。次はルゥからの一言。
「空っぽだねー」
確信的な一言だ。これだけで中身を見なくても“当たり”を引いてしまった事が分かってしまった。
「うわマジだ……っつうと次にやらなきゃいけない事は――」
頭を抱え再び思考に戻る。これは襲ってきた人形と同様の物――何故ここにあるのかは分からないが――、更に情報は先程の会話。箱に書かれていた数字は今日の日付だ。人気の無い倉庫。危険な品。発送するのか、はたまた。
「……誰かが取りに来るってか」
犯人と、それに与する何者か。待ち伏せてひっ捕らえる事が可能なら大手柄。しかし、失敗すれば……想像もしたくなかった。脱出して情報を伝えたとしても今回指定されたのがこの場所だというだけで、次は別の場所かもしれない。
「これだけの量を、ですか……?」
「そこもだし、敵対するにしても多過ぎるよな……」
昴だけでどうにか出来る問題ではない。ならば。
「よし、ここは一旦脱出しよう。安全な道を選ぼう」
「そうですね!行きましょうエレナさん!」
「え?なんだかわからないですけど……わかりました?」
戦力の問題とその後の展開を考えればこの結論に至るだろう。無駄な争いはしないのだ。しからばと急いで出口に向かう一行。