「人形の誇り」49
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町の喧騒というやつだ。活気に満ち溢れ、笑い声の中にも多少の怒りやら悲しみなどといった喜怒哀楽が含まれたそれは聞いていて騒がしくは感じるものの、それ程邪魔なものではなかった。物の売買、食事をしながらの歓談、どこからか飛んで来る甘い香り。昴の世界で言うなら繁華街、それよりかは祭りやら宵宮に近いだろうか。本当なら色々見て回って、買い食いして、遊んで、としていたいところなのだがそのどれもが不可能となっていた。
「とりあえずメルタさんに付いていってるけど……こっちなの?」
まるで子供のように飛び出してしまったルゥを追い掛け、すぐに見失ってしまったのだ。手分けして探すのも一つの策ではあるのだが、ここに二人のお嬢様が居る以上離れてしまうのは得策ではない。これだけ楽しそうな環境でも悪人という輩は必ずどこかに潜んでいるのだから。それこそルゥの事も心配である。
「……なんとなく、わかりますから」
「そういうものなんですか?」
「……はい。私たちは恐らく、お互いになんとなく、感じ取っているようです」
「なるほど……仲がよろしいのですね」
だから頼りになるのはメルタだけなのだ。どうやら彼女らにはセンサーやレーダーのような機能――あまり好ましい言葉ではないので口を噤んだが――があるらしく、お互いに位置を把握出来ている、らしい。だからこのように入り組んだ町の中でも一心不乱に歩いている。大通りを歩いてみたり、はたまた暗がりに入ってみたり。相当な自信があるのだろう。
「でもさ、それって……下手したらルゥちゃんだって動くんじゃないの?」
喧嘩、のようには見えなかったが気分を害したのだとしたら、近付けば逃げるのが普通なのではないだろうか。機嫌が直るまでは一向に追い着けないような気がする昴。
「……そうですね」
「マジか」
不安がる昴だったが、それでもメルタの足は止まろうとはしない。何故だろうか。
「……そうだと思うのですが、どうも、先程から動いていないようでして」
「動いて、ない?」
言葉というものは難しい。一つの情報だけ、言い方次第では簡単に気持ちに焦りを生んでしまうのだから。
「その、それはどういう?」
「ルゥちゃん怪我でもされたのですか……?」
レイセスとエレナの顔色が変わる。メルタの言葉だけでは良くない方向の考えしか浮かばないからだ。しかし、彼女の足取りが変わったりする事もなく相変わらず穏やかで。
「……いえ、立ち止まっているだけかと」
「ああ、良かったです!」
「……?私が何か、不手際を?」
「いえ!大丈夫です!」
どうやらメルタに悪気は無かったようだ。しかしどうしても三人の反応が理解出来なかったらしく小首を傾げる動作を。この辺りがグンの言っていた感情の動作が云々とやらなのだろう、と勝手に解釈。
その状態のまま歩いて数分程。メルタの足がついに止まった。細い小路を抜けていった先、倉庫のような建物が並ぶ区域だ。何故倉庫のようだ、と言えるのかと言うと。
「番号振って、並んでてやけに大きくて微妙にボロってるつったら倉庫しかねえわな……愛着があるようなないような……」
昴の感覚であった。数棟並んだその内の一つ。扉の前に立つ人影。ルゥだ。
「ルゥちゃん!」
「あ、お姉ちゃんたちだー!おーい!」
レイセス、エレナの両名が駆け寄り、頭を撫でたり体を擦ったり抱き寄せたりしながら無事を確認。昨晩だけで相当仲良くなっていたようだ。その微笑ましい光景を見ながら昴とメルタも近付寄っていくと。
「あのね、この建物……なんか気持ち悪いの」
指差した一棟。木造らしいのだが、ところどころに穴や亀裂が目立ち、窓も割れている。昴からしてみると“いかにも”な風体であった。触らぬ神に祟りなし、である。
「……確かに」
「でしょ!入ろうー!」
「ええ……やめようぜ……」
「は、入るんですか……?」
「危なそうですよー……人の所有地でしょうし……」
嫌がる三人。しかし。メルタとルゥはその建物を見詰めて離れようとはしない。意を決する時か。
「こんな場所で決したくは無いけど……しゃあねえな……入る、けど何も無かったらすぐに出るぞ?良いな?レイとエレナは……どうする?」
顔を見合わせる。ここで待つというのも当然有りだ。だがもし外で待っている時に所有者が来て、真っ先に注意を受けるのは自分達になるだろう。連れて行かれた事に気付かれないともなれば、非常にまずい。大事件だ。
「うぅ……」
「行くしか、ないですよね……」
「じゃあ決まり!入るよー!」
元気良く、何故か楽しそうにルゥが扉を開け放った。昴としては何も無いのがベストだ。気が済んでくれると良いのだが。
「そう言えばなんでルゥちゃん飛び出したんだろ……?」
子供の考えは読めない、それで今は終結しておこうと思う昴であった。