「人形の誇り」48
「あ、スバル!お疲れ様でした!」
カウンターに戻るとそこにはいつの間にか用意されていた椅子にテーブル、その他お菓子と知らない内にお茶会状態になっているではないか――どうやらメルタとルゥは手を付けていないようだったが――。
「凄い汗ですね……」
「うわーこっちめちゃくちゃ涼しいじゃん……もうね、大変だったよ。なに武器作るのってこんなに辛いの……?ゲームの裏側ってハンパないな……」
顔に浮かぶ珠のような汗が止め処なく流れ落ちる。ついでに愚痴も。椅子から立ち上がって駆け寄るレイセスだったが、潜在的にその状態の昴に近付こうとはしない。当然と言えば当然なのかもしれないが、ほんの少しだけ傷付きそうになったが、その心をどうにか繋ぎとめてくれたのはエレナだった。
「良かったら、どうぞー……」
そーっと、かなり小声ではあったが聞き取れる。差し出されたのは白い布。タオルのような物ではなく、ハンカチに似ている。これで汗を拭うのはかなり抵抗が大きい。その理由は見るからに高級そうだから。学院に来てからというもの、昴はどのような物に高値が付いているかは大方分かってきていた。目で見て一瞬で分かる宝石なら良いのだが一番厄介なのはこういった布系統。どうも光沢と手触りが他の物とは一線を画しているらしいのだが、こいつらだけは未だに判別が難しい。しかし、今回は簡単である。エレナも良家のお嬢様であるに違いないのだから、当然持ち物も高い。つまり、危険度が高いという理論。だが、好意は無碍に出来ない。故に、軽く使わせてもらうのだ。
「ありがとう。助かるよ」
そして、好意を受けたら笑顔で返すのも礼儀だと思っている。悪気はない。しかしこれについては、「やめておけ」、と言われた事があるのだとか。何故なのかは教えてくれなかったが。
「は、はい!どうぞ、もう存分に使ってください!」
前髪で顔を隠すようにしながら、更に手をぶんぶんと振りながら感謝なのかそれとも拒絶なのか分からない。前者で捉えておくのが心に優しいだろう。
「よし、これで仕事は終了だな。お嬢ちゃんたち、今日はどうするんだい?」
そんな昴たちのやり取りを微笑ましく眺めていたらしいマギルが声を挟む。するとまずはメルタが。
「……こちらも仕事終了なので帰宅――」
「買い物!」
「……ルゥ?」
このまま帰る予定だったらしいのだが、それに反発するようにルゥが言った。眉一つ動かさないメルタが初めて怪訝そうな声を出す。それ程までに意外性があったらしい。
「買い物しに来たんじゃないの?」
「……それは、まあ」
「なら、行かなきゃだよー」
押され気味である。まるで助けを求めるかのように昴たちに視線を巡らせるのだが、残念ながら。
「そうですよメルタさん!お買い物はしなきゃです!」
「グンには俺から言っておくよ。事後承諾だけどな。携帯無いし」
助けるどころか追い討ちであった。声は無いがエレナもコクコクと首を縦に。
「息抜きも必要だぞー。うちの弟子は休ませたくないがな!」
更にマギルの追撃。これはもう仕方ない、と思考してしまうべきなのだろうか。悩むが、時既に遅し。
「じゃあ行ってくるね!」
「あ、ちょっとルゥちゃん!?」
「追いかけないと……!」
「と、とりあえずマギルさん!今日はありがとうございました!」
「おう!また来てくれよ!」
まるで鉄砲玉のように飛び出したルゥに慌てて席を立つ各々。三人に遅れて立ち上がるメルタ。
「たまには遊んであげないといかんぞ?あの子はそういう年齢だろ?」
「……そういう、ものですか」
「ああ。理屈じゃなくて感覚だよ。行ってあげな」
深々とお辞儀。それから重たそうな袋を持って歩き去る。そんな背中を見ながらマギルが独り言。
「お得意様が増えそうだな。良い事だ」