「人形の誇り」47
カウンターを抜け、昴だけが奥へと通された。マギルによると――
「女性を油まみれにするのはよろしくないし、武具工房ってのは基本的に女人禁制が通例だ。残念ながらここも通例やら慣例は守っておかないと色々と厳しくてねえ」
――という事らしい。故にマギルの後ろを追っかけて来た昴。小部屋のように囲われた雑多なスペースには異様なまでの熱気と、油と鉄の臭い。確かにこのような場所に彼女達を連れてくるのは気が引けてしまう。これらの原因は、まず部屋右奥に設置された炉。時折開く口の中には煌々と燃え盛る炎が見え、出番は今か今かと待ち構えているようだ。続いてその周囲で作業している男性達の手元。彼らはどうやら魔法を駆使して鉱石らしき物体を切り、砕き、溶かしているではないか。それらを補助するように液体を流し込んだり、叩いたり。昴の記憶にある“鍛冶”とはまた違った光景である。戦闘学で知識としては学んだが、実際に見てみると全く違う。
「百聞は一見にしかずってか。すげえな」
きょろきょろと辺りを見渡して待つ昴。男子としては興味が無い訳ではないが下手に動いて邪魔するのは得策ではない。彼らとて仕事をしているのだろうから。
「よし、これで準備は完了だな。まずは肘から下、指先まで」
「はい!」
「失敗すんなよ? この前教えた通りにやれば出来る」
「っす! そんじゃ、失礼しますぜー」
マギル自身は手を下さないらしい。何やら五十センチ大の黒い塊を抱え込んだ弟子達が昴を取り囲み、言われたように肘先に宛てがう。するとどうだろうか、淡い光と共にじわじわと黒い塊が昴の腕を包み込んでいく。
「なにこれ冷た……」
氷、とまでは言わないがまるで冷水に腕を突っ込んでいるかのようだ。この熱気の中でそう感じているのかもしれないが、奇妙な感触である。
「ああ、手は開いてくれ。可動範囲は計算で出るから……おい、そっちじゃなくて、こう。広げ過ぎだ。それ以上やると手甲じゃなくて肩まで覆っちまうだろ?」
手は出さないが口は出す。その度に塊が位置移動。こねくり回される粘土の如く自由自在に動き回るそれが一体何なのか不思議に思えてくるが、それよりもまずこの不気味な冷たさをどうにかして欲しいくらいだ。肘から指先までしっかりと覆い尽くすと続いて塊を胸と脛に同様の作業が施される。いつまで経っても慣れる気配は感じられ無い。
「よし、次だ。ゆっくり動いて……ちゃんと補助しろよな」
どうやらこの塊を動かす作業は終了したらしく、昴は三人の弟子達に介護されるように歩かされる。先程までは軟らかく動き回っていた塊は全く別物になってしまったかのように硬く、重い。しかし、どこに行こうと言うのか。そちらに歩くと炉しかないのだが、と首を傾げながらも歩かされるままだ。
「そこに立ってな。なあに一瞬だ」
「は? ……どうしよう嫌な予感しかしない……!」
「これだけは俺がやっておくから安心しな!」
炉の隣に立て掛けられていたのはハンマーだ。柄の長いそれを軽々と肩に担ぐと炉の口を開いて固定。漏れ出る火の粉と、炎そのもの。まるで昴を喰らおうとでもしているかのように食指が伸びては消える。何をしようとしているのか。
「今だ! 押せ!」
今まで介護していた昴を、その背中を強く押す。炎の中に投げ込もうと。
当然昴も抵抗はした。だが、鉛のように重い手足は言う事を聞かない。揺らぐ体。近付く熱源。こんな物、耐えられるはずがない――!
「せぃ――の!」
目を閉じる。炎に包まれる直前に耳に飛び込んで来たマギルの声。それから。
「いったぁ! クッソ熱いんだけど!? あ、生きてる……」
――衝撃。胸の辺りだ。尻餅を付き、悪態を吐くとどうも自分が炎の中に居ない事に気付かされる。それと腕も足も胸も軽くなっている事も。
「本当は全部しっかり採寸してやるのが良いんだろうが時間掛かるからな。どうだ? 面白かったろ?」
「どこが……」
「そうしかめっ面するなって。ともかくこれで終わりだ。あとは出来上がり次第学院に送り付けるだけさ」
ハンマーを回しながら満面の笑みで言うマギル。妙に扱いが上手い。
命の危機すら感じたが、どうやらこの痛みと恐怖を伴う作業を以って終了だとか。意外と速かったが、もう二度とやりたくないレベルだ、と昴は思う。